橋本裕の日記
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小学6年生のとき若狭小浜から福井市に転校してきた私は、思いがけない試練に直面した。デパートでの友人の万引き、それが発覚しての不登校、屋根裏暮らし、そしてジフテリアで隔離病棟にはいるなど、この時期の私はほんとについてなかった。しかし、隔離病棟で、私は一編の英詩にであう。
病室の壁に英詩とその訳が書いてあったが、それは「夜は千の目を持つ」という魅力的な言葉で始まっていた。もちろん英語の原文は読めなかったが、訳文が添えられてあった。薄汚れた病室の壁に落書きされたその訳は、隔離病棟の恐ろしい幾夜を体験した私の心を打った。
たまたま昨夜、大学で英文科を専攻している次女の「英詩読本」(荒牧鉄雄・岡地嶺著、開文社出版)という英語の教科書を覗いたら、そこにその懐かしい英詩が載っていた。そこで今日は原詩とともに日本語訳を引用し、あわせて教科書の著者による詩の鑑賞文も紹介しよう。
THE NIGHT HAS A THOUSAND EYES ーー Francis William Bourdillon The Night has a thousand eyes, And the day but one; Yet the light of a whole world dies With the setting sun.
The Mind has a thousand eyes, And the heart but one; Yet the light of a whole life dies When love is done.
夜は一千の眼(まなこ)
夜は一千の眼あれど 昼はただ一つの眼あるのみ しかも明るき世界の光りは 日暮れと共に絶ゆ
理性は一千の眼あれども 感情はただ一つの眼あるのみ しかも暖かき命の光りは 愛の終わりと共に消ゆ
<この詩は極めて簡単であるが、深い真実を語っている。夜は何千の星が煌めくが、寒くて暗い。それに反し昼はたった一つの太陽が輝くだけなのに暖かくて明るい。その太陽が沈んでしまうと、全世界の熱と光りは消え去ってしまう。
それと同じように、人間は理性によって過失や危険を避けるための無数の眼を持っているが、理性だけでは人間は冷たく不十分である。それに反し、感情は「愛」というただ一つの眼しか持たないが、暖かく希望に輝くのである。
だからもし愛情が消え失せてしまえば、全生涯の光りは亡びて、真っ暗な夜となってしまうのである。いくら理知の眼を輝かせても、光りと熱を発することはできない。愛は恰も太陽の如く人間に大切なものだという教えである>
このあと著者は「この詩は教科書にしばしば採用されるけれども、愛に目覚め、愛を見失って初めて理解できる詩だから、経験の少ない生徒に無理に分からせようとする努力は或いは無理かも知れぬ」と書いている。
私がこの詩に出会ったのは小学生の頃だが、実は高校の教科書で再会している。そして一昨年、インターネットの検索でこの詩を読み、日記にも書いたので、今回が4度目ということだ。不思議なのは幾たび出会っても、初対面の女性のようなミステリアスな香りと輝きをもっているということだ。まさにこの詩自身、千の眼を持っているようだ。
(一昨年の日記に引用した原詩といくらか違っている。なぜ異同があるのか私にはわからない)
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