橋本裕の日記
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2003年07月13日(日) 成熟に必要なもの

 7月1日、長崎市で4歳の幼児が誘拐され殺害された事件で、補導された中学生の少年は目立った問題行動もなく先生が気をつけなければならない存在ではなかったという。欠席ゼロ、成績もいいというから、むしろ優等生の部類だったのだろう。

 少年ははさみを用意したうえで、家電量販店のゲーム売り場で駿ちゃんを誘拐して、「お父さんたちは先に行った」と言葉巧みに連れ出し、駐車場屋上に連れ込んだ。優しいお兄ちゃんを演じていた彼はそこで態度を一変させ、はさみで脅して服を脱がせ、V字形に素肌を傷つけた。駿ちゃんが騒いで暴れたため、パニックに陥り、横向きに抱きかかえ、投げ落としたとみられている。

 こうした事件の様子が報道されるにしたがって、大人にも子供たちの間にも恐怖と不安が広がっている。少年が通っていた中学校では、「学校へ行きたくない」「夜眠れない」と訴える生徒もいて、1年生の半数が臨床心理士のカウンセリングを受けたという。

 教師も「どう対応したらよいのかわからない」と不安をつのらせ、30人余が臨床心理士のカウンセリングを受けた。「学校を平穏に戻すには、まず先生たちのケアが必要」と臨床心理士らが申し出たのだという。今度の事件の特徴はその残忍さと、それが一見ごく普通の少年の手で行われたということだろう。

 面接した弁護士によると、少年は殺害の動機や状況について、「自分が分からないようになった」と述べているという。弁護士は少年の父親とも面会したが、「眠れず食事も取れず、家に帰れないし、どこに泊まるかも決めていない」「うわさは飛んでいたが『まさか自分の子が』と思っていた」と話したという。

 長崎市教育委員会学校教育課の松尾孝一課長も、「非行少年ではない。いたって普通。だから、いつ、どこで起きてもおかしくない。戸惑いは大きい」「分からないことが多すぎる。最後まで分からないかもしれない」などと述べているという。生徒を対象にしたアンケート調査の結果によると、気持ちがわからないでもないと答えた同年代の少年もいたらしい。

 少年の行動や心理には、凶器を用意して幼児を探す計画性と警戒心の強い幼児を言葉巧みになつかせる冷静さが見られる一方で、制服姿のまま繁華街を連れ歩く無謀さや幼児の抵抗を予想せず混乱してしまう幼稚さが混在している。こうしたアンバランスや二面性は、少年の心の未成熟さを示している。そして「心の未成熟」ということは今日の社会においてかなり特徴的なことである。

 エリック・ホッファーは「現代という時代の気質」のなかで、「成熟するには閑暇が必要なのだ。急いでいる人々は成長することも衰微することもできない、彼らは永遠の幼年期の状態にとどめられているのである」と書いている。現代社会の「変化のありよう」が、人間の心の成熟をむつかしているという指摘はまさに正鵠を得ている。

 心が成長するには幼少年時代のゆたかな体験が必要だ。私たちは自然や人々と触れ合うなかで、命のはかなさや痛みや素晴らしさを学び、他者や自分自身と対話する能力を高めていく。こうした体験が栄養となって、ゆっくり心が育っていく。

 文明が進むにつれて、自然はコンクリートで固められ、川や田圃から生き物の姿が失われた。自然の中で遊ぶ子供の姿も少なくなった。頭の中に知識を貯えることで、目まぐるしく変化する社会に適応する能力は獲得できても、心はその忙しさのなかで自らを見失い、闇の中に未熟で野蛮なまま取り残される。

 頭を鍛えるだけではなく、心を育てる教育が大切だろう。そのためには、私たちも文明社会の排他的な競争に我を忘れることなく、ときにはボランティア活動や自然との共生的体験のなかに身を置いて、ともに生きる喜びを若い世代とわかちあう必要がある。こうした心のゆとりを、一人一人にもたらすことができる社会を早く実現したいものだと思う。


橋本裕 |MAILHomePage

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