橋本裕の日記
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18.心の中のパルテノン
その年の夏、芳子は東京で実入りのよいアルバイトをして、その金で海外旅行をしているという話だった。私は墓参りに一日だけ福井に帰省したくらいで、朝夕刊の配達のかたわら、大学の図書館へ通って物理や数学の勉強をはじめた。
日曜日には大手堀の市立図書館へ行った。年代物の古い建物で、蔵書も古かった。私はそこでも脇目もふらずに勉強をした。やがて学問に対する自信が少しずつ回復してきた。私はもう自分を無気力な廃人だとは思わなかった。 その図書館で、弘子と顔を合わせた。四年生に進級した弘子は大学院に進級するつもりで勉強していた。
それから二人は時々図書館の机に並んで勉強した。 秋に金沢大学で大学院の試験があった。 弘子の他にかっての友人たちも受験したが、弘子をはじめほとんどが落ちていた。合格したのは名古屋大学からの来た学生たちだった。
私はそうした様子を脇で眺めながら、図書館に通い続け、頭の中に物理と数学の世界を少しずつ構築した。やがて全体像が見えてくると、問題の核心がいくらか明晰に心に浮かぶようになった。やがて私は物事をいくらかシンプルに深く考えられるようになってきた。ときには自分の頭の中に構築された世界の美しさに感動し、恍惚とした喜びに我を忘れることもあった。
そんなとき私は自分の心の中に、美と真実に満ちた女神の祭られたパルテノン神殿を建設することを夢想した。 (心の中に神殿を建てる) そんな観念がいつか私をとりこにしていた。
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