橋本裕の日記
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エリック・ホッファーは7歳のとき視力を失った。盲目生活は8年間続き、15歳のとき急に視力が回復した。しかし、いつまた視力をうしなうことになるかわからない。そうした不安に駆られて、ホッファーは手当たり次第に本を読みはじめた。盲目になる前に、できるだけ本を読み、知識を蓄え、この世界のことについて理解しておきたかったからだという。
読書の習慣は放浪生活者になってからも続き、彼は肉体労働の合間に図書館に通い、独力で大学の物理や数学の教科書をマスターした。彼にとって、本を読むことは精神の眼を開くことだった。それは心を無知の闇から解放し、魂を自由にすることだ。彼はなによりも心の自由をもとめた。そのための放浪生活であり、後に体験する港湾労働者としての生活だった。
ホッファーが植物学に目覚めたのは、トマトの農場で働いていた頃だという。トマトの苗木を移植しながら、ホッファーは「なぜ苗木の根は下に向かって伸び、茎は上に向かって伸びるのか」という疑問に捉えられた。そうすると、その理由が知りたくなり、すぐさま事務所に行きその日までの給料を精算してもらい、貨物列車に乗って、町の図書館に行った。
こうして彼の植物学との格闘の日々がはじまった。すでに物理学と数学をマスターしていた彼にとっても、植物学はさらにむつかしい専門用語に満ちた難物だった。しかし、彼は持ち前の闘志で植物学をマスターした。彼は図書館の近くの古本屋で見つけたドイツ語の植物辞典をナップザックに入れて、つねに持ち歩くようになったという。
そんな彼に自分の植物学の実力を試す機会が訪れた。バークレーのレストランで給仕のアルバイトをしているとき、カルフォルニア大学柑橘類研究所所長のスティルトン教授とであったのである。スティルトン教授はテーブルの上にドイツ語の文献をひろげ、なにやらぶつぶつ言っていた。
給仕の合間にホッファーが声をかけると、彼は当時カルフォルニア州で流行していたレモンの葉が白くなる病気を調査中だという。この病気のためにレモンの収穫量が激減していた。研究所所長として、彼は精力的に研究していたが、そのためには膨大なドイツ語の文献に目を通さなければならない。
「ドイツ語は、悪魔が発明した言葉ですよ。ページの頭から始まってページの最後に終わるたった一つの文章の意味が分からなくて、何時間も考えているのです。運が悪いことに、この怪物のような文章には重要不可欠な情報が含まれていて、正確な意味を理解しなければならないのです。辞書はあまり役にたちません」
途方に暮れている教授に、ホッファーは紙と鉛筆を要求し、その難解なドイツ語で書かれた文献を翻訳し始めた。教授は信じられないという顔でホッファーを見つめ、目の前の青年がドイツ語にも植物学にも通じていることを知ると、「研究所で働いてほしい」と持ちかけてきた。
こうして、ホッファーは大学の研究所の一員になり、レモンの白化現象の研究に取り組んだ。ホッファーはドイツ語の知識を利用して、白化現象についての膨大な文献を読みあさり、ついに原因を突き止めた。
<大喜びで教授の所に走り、自分の仮説を説明して、最後に冗談半分にこう付け加えた。「題の有情のレモン生産者に硝酸カルシウムを使ってみて結果を報告するように電報を打ってください」と。・・・結果が出るまで数日かかった。そして、ある日、スティトル教授が満面の笑みをたたえながら抱きついてきた。「成功だ!」彼は叫んだ。「白化に勝ったぞ」。教授は研究所の仕事を用意してくれていた。しかし、私は本能的にまだ落ち着くべきときではないと感じ、放浪生活にもどった>(エリック・ホッファー自伝)
後にホッファーは社会哲学の教授としてカルフォルニア大学で政治学を講義することになる。しかしその時も大学へ顔を出すのは週に一日だけで、サンフランシスコの波止場で暮らし、65歳まで港湾労働の仕事をやめなかった。大学の教授になることがホッファーの目的ではなく、あくまでも自由に生きることが彼の望みだったからだ。
ジョンソン大統領は彼をホワイトハウスのローズ・ガーデンに招いて歓談した。そして1983年にホッファーが80歳で死んだとき、ロナルド・レーガン大統領は「アメリカ大統領自由勲章」を送って彼の自由と勇気に満ちた人生を祝福した。
<世の中に神がいるわけでもなく、道徳や倫理や論理でさえも絶対的なものではないとすると、人生に意味はないことになる。こうした認識は人々をニヒリズムに導く。しかし、この問題を別の角度から眺めてみよう。そうすれば人生の意味や意義はそれぞれの人が自らの内部で作り上げるものだということに気づくはずである。人間だけがこの自由を手にしていて、創造的に生きることができるのである。人生に意味を与えるのは自分自身であり、大切なのは自分自身の決断や、生き方なのである。人間は自分を変える自由を持っている。自分で自分を自由にする勇気を持ちたいものである>(橋本裕「人生についての21章」より)
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