橋本裕の日記
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「エリック・ホッファー自伝」を読んでいて、ゲーテにこんな詩があるのを教えられた。詩の題は「温順なクセーニエン」である。高橋健二さんの訳で紹介しよう。
財産を失ったのは、いくらか失ったことだ すぐ気をとりなおして、新しいものを手に入れよ 名誉を失ったのは、多くを失ったことだ 名声を獲得せよ。そうすれば人々は考えなおすだろう 勇気を失ったのは、すべてを失ったことだ そのくらいなら、生まれなかったほうがいいだろう
ホッファーはこの詩をたまたまヒッチハイクしたトラックの運転手から教えられた。ただ、そのとき、「希望を失ったのは、すべてを失ったことだ」と教えられて、もしそのようにゲーテが書いているとすれば、ゲーテは「小物だ」と思ったという。しかし、行った先の町の図書館で調べてみると、ゲーテの詩に書かれていた言葉は、「希望Hoffnung」ではなくて「勇気Mut」だった。
ホッファーにとってこの違いは決定的だった。そこでこの詩を教えてくれた運転手を酒場まで行って探し出すと、この場合は言葉を間違って引用するのは「犯罪的」だと忠告したという。ホッファーは酒場でその男に、「人生で必要なのは希望ではなく勇気だ」と熱心に説いたが、相手には通じなかったらしい。
<自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、それをやりとげるには勇気がいる。闘いを勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、勇気が必要だ。絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になるのである>
希望をもつことは誰にでもできる。しかし、その希望を実現することはそう容易ではない。希望は絵に描いた餅にすぎない。ほんとうの餅を手に入れるには努力がいる。そしてその努力はおおむね平凡で地道なものだ。しかしこの平凡な労働の苦役に耐える「勇気」がなければ、どんな些細なことも成就しない。ホッファーが「人生で必要なのは希望ではなく勇気だ」というのは、彼の実践的な人生哲学から得られた結論だったのだろう。
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