橋本裕の日記
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16.夜の山
カラスや鳶がしきりに鳴いている夕方、私はふらふらと立ち上がると、洗濯紐をポケットに入れた。卯辰山に登り、見納めに街の夕焼けを見ようと思った。
山の展望台に立ったとき日没は過ぎていたが、日本海の空にはまだ余韻が残っていた。その明かりも刻一刻と薄れて、街の灯りが浮かんできた。浅野川の橋を渡る車のライトも見えた。
耳を澄ませれば木立を渡る風の音に混じって、街の喧噪が聞こえてきた。雲が出ていたが、隙間に星明かりが見えた。ベンチに腰を下ろしていると、夜風が吹き抜けていった。
私は人の気配を感じて振り向いた。男女のカップルが少し離れたところに立っていた。彼等も警戒してこちらを窺っているようだった。私はベンチを立つと、反対側から展望台を降りた。 (ああした青春もあるんだな) 私は山を下りながら考えた。今頃二人はベンチに腰を下ろして、甘い言葉をささやき合っているのかも知れない。山にはカップルが他にも来ているのだろう。
登る途中に枝振りのよい松の木があった。そこまで引き返すのに十分もかからなかった。私はポケットから紐を取りだそうとして、二人の影に気付いた。 二つの影は私の前に来て立ち止まった。
巡回中の警察官だった。一人が懐中電灯を私の顔に向けた。 「ここで何をしているのかね」 「散歩です」 私は自分が痴漢だと疑われているのに気づいた。
たしかに夜の孤独な散歩は痴漢だと誤解されるのに十分だった。身分証明書の提示を求められたが、持ち合わせていなかった。一人がフラッシュを焚いて私の顔写真を取った。 警官が去った後、気を取り直して寺に帰ってきた。
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