橋本裕の日記
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3月6日に新憲法の政府草案が天皇の名で国民に示されたわけだが、その際の天皇の勅語を引用しておく。
「朕、先ニポツダム宣言ヲ受諾セルニ伴イ、日本国政治ノ最終ノ形態ハ日本国民ノ自由ニ表明シタル意志ニ依リ決定セラルベキモノナルニ顧ミ、日本国民ガ正義ノ自覚ニ依リテ平和ノ生活ヲ享有シ文化ノ向上ヲ希求シ進ンデ戦争ヲ抛棄シテ誼ヲ万邦ニ修ムルノ決意ナルヲ念イ、乃チ国民ノ総意ヲ基調トシ人格ノ基本的権利ヲ尊重スルノ主義ニ則リ、憲法ニ根本的ノ改正ヲ加エ、以テ国家再建ノ礎ヲ定メムコトヲ庶幾ウ、政府当局其レ克ク朕ノ意ヲ体シ、必ズ其ノ目的ヲ達成セムコトヲ期セヨ」
こうしてわずか一ヶ月前に発表された「反動的な松本草案」はより急進的な政府草案によって完全に吹き飛ばされてしまった。ジョン・ダワーは「敗北を抱きしめて」で、こう書いている。
<老人ばかりの幣原内閣がみんなそろって回心したとは、だれも思わなかった。この二つの草案が、同じ書き手から生まれたなどとは想像もつかなかったのである。それ以上に、日本語の草案には、その原則の部分だけではなく、ぎこちない文体にも、外国人の介入があきらかであった。構文は歪み、奇妙な句法混入していた。
貴族院には学者も少なからずいたが、彼らに配布された公式の英語翻訳版を参照するものがでてきた。日本語の草案とその英語版が同時に公表されたということ自体、実情を明らかにしていた。貴族院議員の高柳賢三はハーバード大学で勉強した憲法専攻の法律学者だったが、後に「翻訳の方が日本語の原文より理解しやすい」と述べた>
「朝日新聞」は政府草案について、「何となくサイズのあわない、借りてきた洋服のよう」と形容したが、草案そのものには好意的だった。共産党を除くすべての政党がこれを支持した。松本草案に失望した多くの国民もこの新たな草案を歓迎した。提案された憲法には、敗北し戦火に破壊しつくされた国において、「希望と理想をしめす灯台の光」のような大きな魅力があった。
6月20日、天皇は既定の手続きに則って、臨時国会の開会を宣し、憲法草案を「調和のとれた精神」で審議するように希望すると述べた。こうして天皇によって「民主主義」が国民に上から与えられる形をとったことは、マッカーサーにとっても重要なことだった。これによって、天皇は戦争責任者としての追求をのがれられるだろうし、天皇を守ることはアメリカにとって、日本を効率的に民主化するという占領政策においても、ソ連との対立を深めつつある世界戦略の立場からも重要なことであった。
(こうした「上からの革命」によって民主主義が国民に与えられたことは、その後の日本の国作りにおいてさまざまなゆがみをもたらすことになった。たしかに日本社会の外観は憲法によって大きく変わったように見えるが、その土壌まで変えることはなかった。憲法は平和と民主主義の灯台であり象徴でありつづけたが、その灯台も今やかなり孤独でさびいし姿を留めているにすぎない。文字通り風前の灯火と言ってよいだろう)
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