橋本裕の日記
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10.沖縄返還
七二年五月十五日に、沖縄が日本に返還された。日本共産党をはじめとする左翼勢力は「沖縄返還協定断固粉砕」を叫んで運動を展開してきた。このまま米軍基地を満載した沖縄が返還されると、「本土の沖縄化」が促進され、再び軍国主義の台頭につながると考えられた。そのころ配布されたビラには「軍靴の足音が忍び寄ってきた」などという文句が並んでいた。
私も沖縄の米軍基地には反対だった。基地のない平和で安全な沖縄を返して欲しかった。しかし自民党はアメリカ帝国主義の傀儡であり、その政権の進めることはすべて反対だというのはどうかと思った。
街頭の署名活動に参加したが、人を説得できる確信があるわけでもなく、 「全体主義は嫌いだ。右向け右も左向け左もいやだね」 こんな言葉を漏らしたので、 「橋本は日和っているらしい」 「警察のスパイかも知れない」 そんな風評が立っていた。
やがてだれかが尾行しているような気配を感じるようになった。寺の前に見知らぬ男が立っていたり、大学の図書館で、私の鞄がなくなった。鞄の中の教科書やノートもかえってこなかった。いつか私は猜疑心をもって周囲をながめるようになった。
赤旗を配らなくなって、私は組織からも、友人からも評価されなくなっていた。疎外感を抱いた私はほとんど一人でいることが多くなった。たまに弘子が寺に来て、世間話をしていった。それが私の生活にひとときの潤いを与えてくれた。弘子まで党の回し者だとは疑いたくなかった。
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