橋本裕の日記
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2003年05月26日(月) あかね雲

8.留年

 二月のある日、大学の帰り道に、後ろから若い女の声で、
「格子戸を潜り抜け、見上げる夕焼けの空に……」
 弘子だった。肩を並べると、
「勉強しているの」
「ちっとも。君は?」
「気持が乗らないの。でも、留年は避けたいわね」

 橋の手前の交差点の角がパチンコ屋で、一軒隣が喫茶店だった。私は彼女を誘うつもりで、
「コーヒーでも奢ろうか」
「学生は無理をしないの。それに風邪気味なの」
 彼女はそう言った後、少し考えて、
「明日のお昼、一緒に生協で飲みましょう」 

 翌日、私は弘子と生協の喫茶店に行き、コーヒーとサンドイッチを注文した。彼女は鼻をかみすぎたらしく、鼻の先が腫れていた。私は赤い鼻の彼女に親しみを覚えた。
「お寺で一緒に勉強しないか」
 進級試験に合格しないと、四年生になれなかった。あと一週間、弘子と二人で寺に籠もって頑張れば、展望が開けそうな気がした。
 弘子も異存はなくて、明日からという段取りになった。

しかし、その晩から弘子の風邪が悪化した。勉強会は中止になって、私は準備不足のまま試験に臨んだ。結果は「量子力学」などの主要三科目が落第だった。三年生をもう一度やりなおすことになった。

 弘子や他の友人達も留年したので、それほど落胆しなかったが、仕送りをしてくれている福井の両親にすまない気持になった。そこで私はこれを機会にアルバイトをして自活することを考えた。


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