橋本裕の日記
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2003年05月21日(水) ダイオキシン法は悪法か

 ダイオキシンは青酸ソーダの500〜1000倍の毒性をもつといわれている。毒性の強いことで知られているサリンよりも10倍ほど強いと言われ、化学物質としては最強の毒性である。こうしたダイオキシンの毒性が,世界で注目されたのがベトナム戦争のときだ。ベトナム戦争でアメリカ軍は,森林を枯らしてベトナム兵のかくれる場所をなくしてしまおうと,飛行機から大量の除草剤をまいた。

 この除草剤にふくまれていたのがダイオキシンである。体重50キログラムの人の場合,ダイオキシンの致死量は,およそ0.1ミリグラムだといわれている。つまり,1グラムで1万人、10kgで1億人の人が死んでしまうほどの毒性だ。そんな毒性の強いダイオキシンが,ベトナム戦争のときにはおよそ200キログラムもまかれた。

 作戦が進むうちに,アメリカ兵の多くが体調不良をうったえ,除草剤をまいた地域で生まれた子どもには生まれつきさまざまな障害があらわれ、妊婦が流産する例も多く見られるようになった。こうしてダイオキシンの毒性が広く世界で認識されるようになった。

  しかもダイオキシンの毒性は通常の環境汚染物質とは違っていた。ダイオキシンは摂取されると体内の脂肪に蓄積し、やがて血液で運ばれて人体の奥深く細胞核にまで侵入し、染色体を攻撃して遺伝子の働きを攪乱する。その結果、ある種の酵素が不必要に活性化して、細胞の増殖や分化に異常が起き、免疫異常によって体の恒常性がくずれる。これが癌や奇形や発育異常の原因になる。このようにダイオキシンはホルモンと似たような性質をもつので極めて微量でも影響が大きいわけだ。

 こうした恐ろしい毒性をもつダイオキシンは焼却炉によって簡単に作られる。以前は塩化ビニールがダイオキシン発生の主原因だとされていたが、今ではあらゆる都市ごみからダイオキシンが発生することがわかっている。さらに研究の結果、ダイオキシンの発生は焼却施設の構造や焼却温度、操業条件などに大きく依存し、適切な焼却管理が発生の抑制につながることがわかってきた。

 こうしたことから、わが国でもダイオキシン法が作られ、各地に新しいごみ焼却炉が誕生している。しかし、「ダイオキシン−神話の終焉」(日本評論社)の共著者である渡辺正・東大生産技術研究所教授によると、日本がダイオキシンで汚染されたのは6、70年代、水田に有機塩素系の除草剤「PCP」「CNP」が使われ、その不純物としてダイオキシンが広がったためだという。PCPなどが使用禁止になるまでに約600キロのダイオキシンが環境に出た。これはベトナム戦争で使われた除草剤中のダイオキシンの3倍もの量である。

 ダイオキシンは分解しにくく、6、70年代に田圃に散布されたダイオキシンがまだ環境中に七、八割は残っていて、それが田から川へ、そして海へ行って、魚の体内に摂取され、食物連鎖によって濃縮されている。今日我々の体に体に入るダイオキシンはほぼ95%が食事からで、その7割以上が魚介類に含まれている。だから、焼却炉のダイオキシンをたとえゼロにしても、肝心な摂取量はそれほど減少しない。

 たしかに一年間に日本で生産される焼却灰に含まれているダイオキシンは約3000万人分の致死量であるが、しかしこれは焼却灰の総量について言われることで、焼却灰によって致死量のダイオキシンを摂取しようとすれば、1人あたり約200キログラムの焼却灰を食べなければ死に至らない計算になる。汚染された魚介類に換算しても、致死量のダイオキシンを摂取するには人の一生の10倍分を食べる必要があるという。いずれにせよ非現実的な話である。

 人間は1キログラムの醤油を飲めば確実に死に至るから、日本の醤油の年間生産量は約10億人の致死量に相当するということができる。考えようによってはダイオキシンの含まれた灰より醤油の方がはるかに劇毒だということもできるわけだ。渡辺教授が、「ダイオキシンは恐竜時代からあったし、その毒性も心配ない。日本の現状は誇大妄想だ」と主張するのもわからぬではない。

 渡辺教授によれば「ダイオキシン法」による焼却炉の規制は壮大な無駄だという。ダイオキシンを減らすには、800度以上でゴミを燃やし続けないといけない。そのため、ゴミ収集にも莫大な輸送用エネルギーを使う。古い焼却炉を廃棄したり、新しい焼却炉を生産するのにも莫大なコストがかかる。これらによって消費される資源やエネルギーも馬鹿にはならない。渡辺教授はこうしたことを総合的に考えれば、ゴミは発生源で処理するのがベストで、学校の焼却炉をやめたのも間違いだという。

 こうなると、一体何のために大騒ぎをしてダイオキシン法を作ったのかと、いささかキツネに化かされたような気がする。私たちはパナウエーブ研究所の白装束集団の被害妄想的で過敏な行動を、非科学的だとばかり笑っていられないようだ。大切なことは、性能の良い大型焼却炉をつくることではなく、ゴミの発生そのものをなくすことだろう。環境に優しい省資源型の社会をめざす発想に立った法律の制定こそが求められている。

(参考サイト)
http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/00/sci/20030218/ftu_____sci_____001.shtml


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