橋本裕の日記
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2003年05月16日(金) あかね雲

5.卯辰山

 寺に下宿するようになって、卯辰山を歩くようになった。寺を出て、観音院の前の坂道を登っていくと、三十分で展望台に出る。そこから市街が一望できた。晴れた日には河北潟や日本海まで眺められた。

 近くに徳田秋声の文学碑があり、民家の土塀を模して、その前に碑が建っていた。設計は犀川湖畔にある犀星の「あんずよ花着け」の碑と同じく谷口吉朗博士だ。滋味のある落ち着いた感じの文学碑だった。

 初夏の頃、私が物思いに耽りながら卯辰山の山中の小道を歩いていると、若い女の声が聞こえてきた。声の感じが、弘子に似ていた。それは当時流行っていた天地真理の歌の一節だった。

 私の胸は期待でふくらんだ。私は傍らの灌木の中に身を隠そうかと考えたが思いとどまった。淋しい山中で驚かしたりして、人違いだったら大変である。
 梢では小鳥のさえずりがしていた。私はそれに耳を傾けているふりを装うことにした。

 やがてスカートの素足が灌木から見えた。私に気付いたらしく歌声が止んだ。
「こんにちは」
 高校生くらいのお下げ髪をした見知らぬ少女が、そよ風のように去っていった。


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