橋本裕の日記
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2003年05月14日(水) みかんの花咲くころ

 朝のテレビで一面に咲いている蜜柑の花が写し出されているのをみて、思わず大好きな小学校唱歌「みかんの花咲く丘」を口ずさんでいた。毎朝堤防で吹いているオカリナでもさっそく吹いた。

  みかんの花が咲いている
  あの山の道丘の道・・・

 昭和21年にNHKラジオで歌わっれた川田正子のヒット曲である。戦後の混乱期にあって、この歌は人々の心にやさしい潤いをあたえた。作曲は海沼実,作詞は加藤省吾だ。

 川田正子は「音羽ゆりかご会」の童謡歌手で、その可憐な澄んだ歌声が国民を魅了した。当時川田正子が歌った中には「里の秋」もある。これも私の大好きな歌で、秋になると毎日オカリナで吹いている。

  しずかなしずかな里の秋
  お背戸に木の実の落ちる夜は
  ああ母さんとただ二人
  栗の実煮てますいろりばた

  明るい明るい星の夜
  鳴き鳴き夜鴨の渡る夜は
  ああ父さんのあの笑顔
  栗の実食べては想いだす

  さよならさよなら椰子の島
  お船に揺られて帰られる
  ああ父さんよご無事でと
  今夜も母さんと祈ります

 この歌がNHKラジオから最初に流れたのは昭和20年12月24日午後1時45分のことだという。戦争が終わって、復員してくる父親を待つ母と子の気持が日本の秋の風物に託されてしみじみと歌われている。

 ところで「里の秋」の作詞者・斉藤信夫は千葉県船橋市の小学校の教師をしていて、彼は太平洋戦争が始まった年に「星月夜」という題ですでにこの歌の作詞をして、「音羽ゆりかご会」を主宰していた作曲家の海沼実に送っていた。その歌詞は1番と2番は同じだが、3番と4番が次のようだった。

  きれいなきれいな椰子の島
  しっかり護って下さいと
  ああ父さんのご武運を
  今夜も一人で祈ります

  大きく大きくなったなら
  兵隊さんだようれしいな
  ねえ母さんよ僕だって
  必ずお国を護ります

 戦後、戦場に教え子を送り出した罪を悔いて教師を辞めていた斉藤信夫のもとに、作曲家の海沼実から呼び出しの電報が届く。3番の歌詞をかえて復員兵を迎える歌詞にかえて欲しいという依頼だった。斉藤信夫が「里の秋」の歌詞をもってNHKにたどり着いたのは番組開始直前で、さっそく海沼実と川田正子にそれを見せたのだという。こうして「里の秋」が生まれた。

 まだ戦争の焼け跡の残る街角や闇市の雑踏にこの歌が流れたとき、人々は思わず可憐な少女の歌うこの歌に聴き入り、そして放送が終わると同時に、リクエストを要求する電話がNHKに殺到したという。

(参考サイト) http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~museum/3000Lied-Foto/010030Lied.htm


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