橋本裕の日記
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4.東の廓(くるわ)
寺の近くが色町だった。「おひがし」と呼ばれた遊郭の名残が今も残っていて、紅殻格子の家並みの路地を歩いていると、笛、太鼓、三味線の音が聞こえてきた。芸子と思われる粋な女性に街ですれ違うこともあった。
芸事を嗜みながら暮らす人たちには、何か独特のみやびな風情を感じた。そこにはふつうの市井では感じられない情緒や色香がほのかに匂っているようだった。それは、その街で暮らしている子供たちにまで及んでいた。
私の住んでいた寺の境内はそうした近所の子供たちの遊び場で、夏休みにはラジオ体操の会場になった。子供たちのなかに目のきれいな少女がいて、彼女の溌剌とした表情や澄んだ声が印象的だった。
私は大学への行き帰りに、屋号の浮き出た行燈の並ぶ軒下を、三味線や小太鼓の音に耳を傾けながら歩いた。一角に東湯という銭湯があって、私はそこに通った。
あるとき、湯舟に浸かっていると、寺の境内で見かけた少女が男の子を二人連れて入ってきた。男の子は体を洗わずに飛び込んできた。 「洗ってからはいるのよ」 少女は洗い場で掛け湯をして、少し遅れて入った。 胸元がふくらみかけていた少女は湯舟の私に気付くと、黙って背を向けた。私が銭湯の男湯で彼女を見かけたのはその時だけだった。
銭湯の近くに、小島弘子の家があった。しもた屋風の民家で、浅野川に並行して走る道筋にあった。私は学校の行き帰りにその前を通って、表札に目をやっていた。弘子もこの銭湯を利用しているかも知れなかった。
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