橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
| 2003年05月10日(土) |
恵まれない日本の理系 |
幼稚園〜小学生男児の「なりたい職業」の1位が今年、「学者・博士」になった。常連のサッカー選手を抜いて初のトップだという。ノーベル賞のダブル受賞があり、世間の関心が科学技術に集まったこともあるのだろうが、ちょっと意外である。同じ調査を中学生や高校生でしてみたらどんな結果になるのだろう。
アメリカや他の国に比べ、日本では理系大学出身者の待遇は非情に悪い。大阪大助教授らの調査によると、理系出身者の生涯賃金は文系出身者に比べて5000万円も低いという。霞が関の次官級官僚のうち、理系出身者はわずか3%で、ここでも文系優位がはっきりしている。
今日の情報化社会では、その社会的命運は科学技術の振興にかかっている。にもかかわらず、文部科学省の官僚や大臣もほとんどが文系である。政界や経済界を見渡して、理系出身者のトップや管理職が異常に少ない。5000万円の格差が生まれるのももっともなような気がする。
中国の例でみると、新執行部の9人のすべてが理系出身者でしかも博士号の持ち主である。つまり指導部を科学技術のテクノクラートで固めているわけだ。中国がいかに科学技術を重視し、そしてまた理系出身者の明晰な頭脳を政治の運営に活用しようとしているかがわかる。私はこの人事を見ただけで、中国の未来は明るいなと思った。
日本を代表する世界的企業と言えば、ソニーやホンダ、トヨタがあるが、こうした企業の創業者はいずれも技術者である。今をときめく日産のゴーン社長も工科系出身である。米国では、事務職よりも博士号を持った技術職の社会的地位が高い。日本では、博士号まで取って進路が決まらない人は3割に上るというからその差は歴然としている。
なぜ、日本の理系出身者はむくわれないのだろうか。これは学閥やコネといった人間関係を重視する社会的風土が大きいのだと思う。しかしそれに加えて、日本の理系出身者の視野の狭さや融通のなさも一因ではないかと思う。
理系出身者は優秀な人ほど専門馬鹿で社交性に乏しく、殻に閉じこもった暗い性格だとみられがちだ。たしかに日本の理系出身者は頭が固い。社交性も社会的能力も乏しく、人間的魅力が感じられない。リーダーになる資格に欠けていると言ってよい。
これは日本の偏狭な学校教育の問題でもある。受験中心の現在の体制ではこうなるしかないのだろう。学問は本来もっと自由で、人間的なものであるが、それが暗記や型にはまった思考を強要する非人間的な特殊技能を養成するシステムになっている。日本の理系出身者を「工学部刑務所」の囚人にたとえる人があるが、言い得て妙である。
こうしたなかで、日本の若者はアメリカに留学するケースが多くなった。しかも、米国の大学で博士号を取った理科系学学生の半数以上が「アメリカに残りたい」と思っている。日本に帰っても自分の能力を活用する場がなく、生涯賃金が5000万円も安くては馬鹿らしくてかなわない。
しかし、これでは日本の社会は停滞するしかない。日本を理系出身者が活躍できる社会にするために何が必要か。私はまずは理系教育の在り方が問われるべきではないかと思っている。そしてそのためには理系出身者自らがその殻を破る努力も必要だと思う。自然科学の持つ柔軟で創造的な思考を大いに活用して、広く世間と交わり、その能力を社会的に生かしていく前向きの生き方が大切である。
(参考文献) 毎日新聞「記者の目」(5/7日朝刊) http://www.mainichi.co.jp/eye/kishanome/200305/07.html
|