橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
3.署名活動 翌七十年になると、六月二十三日に安保条約が自動延長になるので、これに反対する運動が本格化した。私は署名運動に力を入れた。昼は街頭に立ち、夜は家庭訪問をした。玄関口では何だからと、部屋まで入れてくれる議論好きの人がいた。
「日本が平和で繁栄しているのは、安保条約によってアメリカが日本を守っていてくれるからではないのかね。アメリカ軍を追い出して、だれが日本を守るんだい。社会党はソ連や中国と仲良くして非武装中立で行けばよいと言うが、肝心の中国とソ連がいつ戦争を始めるか分からないんだからこれは非現実的な空論だね。
共産党はスイスのように中立武装を考えているようだが、日本にはシビリアンコントロールの実績がないからね。ソ連や中国みたいな全体主義国家になって、また戦前の軍国主義に戻っちゃうよ。
やはり安保体制を維持しながら、軍備を最小限にとどめて、経済活動や文化活動に力を入れて、平和で豊かな国作りを心がけるべきじゃないかね。いずれはアメリカ軍の基地は撤去すべきだが、そのためには日本にしっかりした民主主義が育たないとね」
タクシーの運転手をしている中年のおじさんだったが、大学生の息子と議論をしているというだけあって、なかなか雄弁だった。
私はその年の暮れに犀川河畔の下宿を出て、浅野川に近い卯辰山のふもとの寺に引っ越した。そこは日蓮宗の寺だったが、住職が病死して無住の寺になっていた。これまでの二食付き門限ありの堅苦しい下宿生活に比べて自由が利いた。そのかわり、境内の草むしりや、雪かきなどの仕事ができた。
|