橋本裕の日記
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2003年05月02日(金) 嬉しい手紙

5年ほど前担任した1年生のS君の父親から、先日嬉しい手紙をもらった。S君が短大の福祉学科に合格したというのだ。S君は入学してすぐに不登校に陥り、やがて学校を退学した。その間、私は彼の家を10回以上家庭訪問し、父親や母親にも何回か学校に来てもらった。

 学校を辞めて働きたいという本人に、「高校くらい卒業しなければだめだ」と最後まで反対したのが父親だった。結局、最後は父親が折れて、本人は退学し、働きはじめたわけだが、その数ケ月間の親子の軋轢がたいへんだった。家庭内の暴力もあったようである。しかし、学校を止めてから本人の表情があかるくなった。私が家庭訪問すると、「先生、こんなに貯金できたよ」と通帳を持ってきて見せてくれた。

 去年、父親が再び学校に相談にきた。S君が仕事を辞めて、勉強したいといいだしたので、どんな道があるか相談だった。定時制の高校や河合塾の大検コースなどいろいろな方法を紹介したが、結局本人は大検コースを選び、最短の1年間で短大に合格したようだ。本人は相当努力したに違いない。

<今本当の幸福とは何かと深く考えています。家族の健康、子供の成長、自分の出世、財産等が原点ではないのかと考えておりました。しかし、心の中で他人をおもいやり、自分自身を律することではないのか。又、自分も生き、他人を生かし共生することなのかと。私も50半ばになり生きてきた目的、成果を見出したいと思うようになりました。人生の目的とはなにか、本当の幸福とは何かと自問しながら生きていきたいと考えています>

 父親の手紙から一部を引用させていただいた。S君も逞しく成長したが、父親も大きく変わった。ほんとうに嬉しい手紙だった。昔は親子の対話もほとんどなかったが、今はドライブや買い物も一緒にするようになったという。この手紙への返信のなかで、私は次のように書いて、父親の労をねぎらった。

<人生には道草や回り道もときには必要かと思います。私も大学で2年留年し、教員に採用されたのは28歳の時でした。長い回り道でしたが、「幸福とは何か」いろいと考える機会に恵まれました。苦しいとき、人の支えが必要です。S君が自分の道を見出すことができたのも、お父さんの献身的な愛情と実践のたまものではないでしょうか。そのことをS君もよくわかっていると思います>

 少し前に、私は大学生になった娘に、「どこの大学に入ったかは問題じゃない。大切なのは大学で何を学ぶかだ」と言った。おなじ言葉をS君にプレゼントしたいと思ったが、辛い労働を経験し、世間の荒波を体験したS君には、あるいは釈迦に説法かも知れない。


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