橋本裕の日記
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2003年04月27日(日) 学ぶことの楽しさ

 今年次女が大学生になった。フレッシュマンである。長女は大学三年生。二人とも国立大だが、年間の学費は半端ではない。私の時代、月1000円だったことを考えると、隔世の感がある。

 長女はアパートを借りているが、この敷金や家賃が馬鹿にならない。次女には「自宅から通える国公立」という親の要望を伝えてあったが、その条件を満たす選択をしてくれた。

 大学生なった次女を見ていて思うことは、高校時代よりあきらかに学習時間が減っているということだ。土日に加えて木曜日も学校に行かなくてよいと言うから、週休三日制である。何とも優雅な生活ではないか。

 私は娘達に「大学に進学しろ」とか、「受験勉強をしろ」とはあまり言わなかった。二人とも県立高校だったが、学校では正規の補習もなく、また学習塾に通うこともしなかった。二人ともアルバイトをしたりして、どちらかというと高校生活を自由に過ごした。それでも根が真面目なので、必要な受験勉強は自分でしていたようである。

 大学生になった娘達に、私が望むことは、「本物の勉強をすること」である。そのために高い学費をだしているのだから、頑張って貰わなければ困る。大学生になった次女に、私は、「どこの大学に入ったかは問題じゃない。大切なのは大学で何を学ぶかだ」と言った。

 世間では「ゆとりの教育」が批判されているが、不思議でならないのは、大学生や社会人がほとんど勉強しないことが少しも問題にならないことである。勉強は何も高校でおわるものではない。学校を出てからも一生続くものである。

 ゆとりの教育を批判する大人達こそもっと勉強してもらいたい。そうすれば「ゆとりの教育」の何であるか理解できるはずだ。ゆとりの教育とはまさに、勉強がどれほど人生で意義があり、楽しいものであるかを学ぶことなのだから。


橋本裕 |MAILHomePage

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