橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2003年04月24日(木) 権力は必ず腐敗する

 独裁者は民主主義の敵である。いかに独裁者をださないか、古代アテネではBC508、クレイステネスが「陶片追放」という制度を設けた。これは陶器のかけらに危険人物の名を記し、有効投票数が6000票以上の場合には最多得票者を10年間国外追放するというものである。

 アテネではこの制度によって、次々と有力な政治家や権力者が国外に追放された。たとえば、マラソンの語源にもなったマラトン戦でペルシア軍の大軍を破ったアテネの重装歩兵部隊の指揮官だったアリステイデスがそうだ。

 マラトンの成功体験はアテネ市民に「陸軍重視」の風潮を生むことになる。そしてその立て役者が英雄となったアリステイデスだった。これに危機感を抱いたのが、テミストクレスだった。彼はアテネの生きる道は「海軍」にあると訴え、陶片追放によってアリステイデスをアテネから追放してしまう。

 テミストクレスは艦船建造を押し進め、やがてアテネを新鋭艦の三段櫂船200隻を擁する一大海軍国に仕上げた。彼の予言通り、10年後、ペルシャの大艦隊が襲ってきた。テミストクレスは待っていましたとばかり、サラミスの海戦(BC480年)でこれを撃滅し、その後のアテネの繁栄に礎を築いた。

 しかしアテネ市民はその後時を隔てず、この救国の英雄さえも独裁者になる野心ありと見なして陶片追放してしまう。いかに権力者や独裁者を恐れていたかがわかる。またこの用心があったから、アテネは輝かしい民主政治の都として歴史に名前を刻むことができたのだろう。

 ギリシャの陶片追放は現代でいうリコール制の先駆である。独裁者を出さない仕組みとして、他には執政官の「多選禁止」があった。アテネの場合は執政官は一期のみで、しかも後にはこれを抽選で選ぶという念の入れようだった。こうした民主主義の原則は、現代にも生かされている。

 たとえばアメリカ大統領はもともと三選禁止ではなかったが、初代ワシントン大統領や第三代のジェファソンが三選を辞退して以来、長年の慣行となっていた。フランクリン・D・ルーズヴェルト大統領(在1933‐45)はこの慣行を破って三選されたが、これが権力の腐敗や独裁政治につながるとの批判を呼び、現在は合衆国憲法第22修正によって、三選は禁止されている。

 多選や終身制の国家元首というのは、どうしても独裁的になり腐敗しがちである。「絶対権力は絶対腐敗する」(アクトン、「自由の歴史」1907)という有名な格言のとおりである。いまや独裁者の代名詞となったイラクのフセイン大統領も、多選がもたらした悪弊だといえるだろう。

 彼が行った政治は、その初期においてまさに栄光の名に値するものだった。大統領に就任した当時、彼はこまめに町や村に足を運び、各地で熱狂的に歓迎されたという。朝日新聞の4月20日の書評の欄に掲載された栗田亘さんの文章を引用しよう。

<科学技術の振興、農地の解放、教育の充実。サダムは識字運動への貢献でユネスコに表彰された。それに女性の解放。イラクでは一夫多妻制は事実上消滅したという。人々は、国の歴史上初めて、純粋に国民の生活向上に努力してくれる政府が登場したと受け止めた>

 リコール制と多選禁止は独裁制を阻止し、民主政治を行う上の要諦である。もしアメリカの大統領が三選を果たすべく、合衆国憲法を変えようと言い出したら、それはアメリカが独裁者の支配する国になる兆候だと言えよう。もっとも日本のように、首相が次々と猫の目のように変わるのもいただけないが。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加