橋本裕の日記
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| 2003年04月20日(日) |
志願制という名の傭兵制 |
アメリカでは20%の裕福層が富の93%を独占している。最上位1%の資産が、下位95%の総資産を上回るという驚くべき格差が生まれている。軍隊は志願制といいながら、こうした貧困層を対象に高給や特典で「志願兵」を募るわけで、その中には国籍のないものも含まれていて、事実上の「傭兵制」といってもよい。
アメリカは30兆円を越える膨大な軍事予算を背景に、武器を製造し、こうした100万人以上の「傭兵」を抱えている。以前にも日記に引用したように、「戦争が軍隊を作るのではなく、軍隊が戦争を作る」という言葉は、今のアメリカにぴったしの言葉だ。さらに「貧困が兵隊をつくる」と付け加えることもできよう。
湾岸戦争で日本は「お金だけ出して、血を流さない」と批判されたが、アメリカの裕福層は自分たちは兵役を逃れ、居間のソファに座って戦争を観戦している。ランゲル議員はこうした現状が社会正義から見て問題があるだけではなく、アメリカが好戦的である原因にもなっていると考えたのだろう。
「徴兵制の廃止から30年間、米国は兵役の負担を貧乏人とマイノリティに押しつけてきた。政権を担う者がイラク攻撃にかくも熱心なのは、息子や身内が戦場に行く心配がないためだ」
ランゲル議員の「徴兵制復活案」では18歳から26歳の男女を平等に2年間入隊させるとしている。もちろん、貧富の差や社会的地位によって差別することは認めれない。公平に兵役の義務を負う。
これによって、多くの米国民は安楽椅子に坐って戦争をゲームのように観戦することはできなくなるだろう。戦争というものを当事者として、恐れや痛みを分かち合う生身の人間として見つめ、かつ感じることができるようになる。これは戦争に対する抑止力になりうるだろう。
朝日新聞には息子をイラクに送っている50歳代の女性の、「兵士の家族のおびえるような不安や焦燥の日々を、この社会は共有してくれない」という声が紹介されていた。
そもそも経済的弱者が「軍隊」によって救済されるという仕組みはまちがっている。そうした社会的弱者を生み出す仕組みそのものが問題であり、その解決法として軍隊を使うのはまちがっている。それは世界を終わりのない戦場にし、多くの人々の血と引き替えに、兵器産業のオーナーやネオコンたちをさらに豊かにし、野心的にすることでしかない。
裕福な者が貧しい者を「傭兵」としてやとい、はでな戦争をして、ますます自分の利権や富を増やそうなんて、とんでもないことだ。「志願制」という美名に惑わされず、その背後にある社会の現実に目を向けたいと思う。
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