橋本裕の日記
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2003年04月07日(月) 結婚まで

46.気比神宮で
 総子と食事をしながら、1時間ほど話した。それから波止場へでて、雨上がりの海を眺めた。小学生の頃若狭に住んでいた私は港の風景になじんでいたが、煉瓦作りの倉庫の並ぶ河岸は珍しい眺めだった。少し明るんできた海を眺めた後、二人の足は気比(けひ)神宮に向かった。

 神社の境内には大きな松が茂っていた。天然記念物になっているユーカリの古木や、樹齢七百年になるというタモの木があり、芭蕉の「奥の細道」の句碑がその傍らに並んでいた。

  月清し遊行がもてる砂の上  芭蕉

 芭蕉が敦賀の地を踏んだのは、1689(元禄2)年8月14日だった。その夜、芭蕉は気比神宮にきて月を眺め、この句を得た。遊行とは遊行上人のことで、その昔自ら真砂を運んで神前にまいたらしい。私たちは社殿から少し離れた池の前に来た。そこに鯉が泳いでいた。

「総子さんは敦賀で生まれて、ここで育ったのですか」
「はい。大学と大学院は名大ですが、それ以外はずっと敦賀でした。私、結婚しても、しばらくは敦賀でこのまま教師をしていたいんです」
「そうですか」 
 母から聞いた話とは違っていたが、黒いジャージ姿の彼女を見ていると、中学校教師として違和感は感じられなかった。

 しかし、それでもやはり並の女性でないと感じさせるものがあった。食事をしながら彼女が出してきた、「結婚三原則」がそうである。

�.謄譽咾鮓�ないこと。
�▲僖船鵐海鬚笋蕕覆い海函�
��子供を作らないこと。

 結婚するためには、この三条件を認めて欲しいという総子に、私は少し呆れていた。私はテレビを見ていたし、パチンコもしていたが、止めようと思えばやめることができる。子供もいない方がよいと思っていた。しかし、相手の女性からこうまともに切り出されると、考え込まないわけにはいかない。

「子供を作らないというのは、セックスをしないということですか」
 私は池の鯉から目を上げて、疑問に思っていたことを訊いてみた。彼女は首を振った。
「子供を作らなければいいのです。セックスは、もしお望みなら……」
 彼女は勝ち気な黒い目で私を見ると、声を立てて笑った。


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