橋本裕の日記
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46.気比神宮で 総子と食事をしながら、1時間ほど話した。それから波止場へでて、雨上がりの海を眺めた。小学生の頃若狭に住んでいた私は港の風景になじんでいたが、煉瓦作りの倉庫の並ぶ河岸は珍しい眺めだった。少し明るんできた海を眺めた後、二人の足は気比(けひ)神宮に向かった。
神社の境内には大きな松が茂っていた。天然記念物になっているユーカリの古木や、樹齢七百年になるというタモの木があり、芭蕉の「奥の細道」の句碑がその傍らに並んでいた。
月清し遊行がもてる砂の上 芭蕉
芭蕉が敦賀の地を踏んだのは、1689(元禄2)年8月14日だった。その夜、芭蕉は気比神宮にきて月を眺め、この句を得た。遊行とは遊行上人のことで、その昔自ら真砂を運んで神前にまいたらしい。私たちは社殿から少し離れた池の前に来た。そこに鯉が泳いでいた。
「総子さんは敦賀で生まれて、ここで育ったのですか」 「はい。大学と大学院は名大ですが、それ以外はずっと敦賀でした。私、結婚しても、しばらくは敦賀でこのまま教師をしていたいんです」 「そうですか」 母から聞いた話とは違っていたが、黒いジャージ姿の彼女を見ていると、中学校教師として違和感は感じられなかった。
しかし、それでもやはり並の女性でないと感じさせるものがあった。食事をしながら彼女が出してきた、「結婚三原則」がそうである。
�.謄譽咾鮓�ないこと。 �▲僖船鵐海鬚笋蕕覆い海函� ��子供を作らないこと。
結婚するためには、この三条件を認めて欲しいという総子に、私は少し呆れていた。私はテレビを見ていたし、パチンコもしていたが、止めようと思えばやめることができる。子供もいない方がよいと思っていた。しかし、相手の女性からこうまともに切り出されると、考え込まないわけにはいかない。
「子供を作らないというのは、セックスをしないということですか」 私は池の鯉から目を上げて、疑問に思っていたことを訊いてみた。彼女は首を振った。 「子供を作らなければいいのです。セックスは、もしお望みなら……」 彼女は勝ち気な黒い目で私を見ると、声を立てて笑った。
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