橋本裕の日記
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2003年04月04日(金) 思い出の中の女

 室生犀星の「杏っ子」の中に、東京に出て詩人になった三十歳の犀星が、久しぶりに故郷金沢を訪れ、貧しい勤労青年だった頃の彼があこがれていた片思いの女に会いに行くという場面がある。女は突然訪れた見知らぬ男から名刺を渡されて驚く。

「実は私は金石という町に行く乗合馬車の中で、あなたに月曜日毎に殆ど一年半も続けてお目にかかったことのある男です。私はそこの登記所に勤めていて、あなたは小学校の先生をしていられました。お覚えにならないでしょうか」

 もう十五年も前の話である。女は目の前の男が押し売りやゆすりでないことを知っても、「そしてどういう御用向きでしょうか」となお、顔色がこわばっている。

「用向きはないのです。昔お目にかかっていたので、もういちどお目にかかって置きたいと思って参りました。ただ、それだけのことなのです。私はすぐに帰りますが、私の記憶によりますと、あなたはただの一度も、御者席に近い方にお座りになっていて、下手の席を見てくださいませんでした。・・・も一つあなたはその往還街道のまんなかの、大野というところでお降りになり、私の月曜日の朝はいつもそこでお終いになったのです」 

<彼女はどこかに見覚えのある平四郎の顔をかんづいたとき、平四郎はていねいに挨拶して其処を去った。美しさというものは一生ついて廻るものだということを、平四郎は嬉々としてうけとった。何を羞かしがる必要があるのだ、好きだった人に逢うことは三十になっても、四十、五十、六十になっても構うものか、からだにも、立ち話一つもしなかった人に逢うことは、逢うだけでたくさんの詩を貰ったようなものだ>

 犀星はお世辞にも美男子とは言えない。実の両親の顔さえ知らない私生児で、学歴もない貧乏で内気な青年だった。通勤の途中乗り合わせた小学校の女教師にはるかな憧れを抱きながら、言葉一つかけることもできなかった。しかし、それだけに彼の恋心は純粋だったのだろう。それにしても十五年ぶりに憧れだった女を捜し出して会いに行くというその執念は恐ろしい。この一途な情熱がなければ、人を感動させる詩や小説は書けないのだろう。 


橋本裕 |MAILHomePage

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