橋本裕の日記
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アメリカとイラクの戦争を見ていて、徳川家康の大阪城攻めを思い出した。家康は二段階で大阪城を攻めている。冬の陣では講和を結び、堀を埋めさせた。そして夏の陣では一気に本丸を攻めた。今度の湾岸戦争と何だか似ていると思った。
先の戦争で、アメリカはイラクに飛行制限地区を設け、大量破壊兵器の廃棄を求めた。そして国連の査察団に徹底的に調べさせた。こうしてイラクのフセイン体制をぎりぎりまで弱体化したうえで、いよいよ首都バクダッド攻撃に踏み切ったわけだ。
大阪城を攻めるとき、家康は方向寺の鐘銘に因縁をつけた。「国家安康」は「家康」の文字を2つに切って徳川家を呪うものであり「君臣豊楽」で豊臣家が再び君主になろうという意図を秘めたものだ、というのである。
ブッシュは911テロをきっかけにした。これもいちゃもんである。イラクがテロに関与したという証拠はない。しかし、ブッシュはアメリカ市民にテロの恐怖を吹き込み、これを追い風にしてイラク攻撃に踏み切った。
このように共通点はあるが、両者には決定的に違っているところがある。それは徳川と豊臣の戦争に参加したのはそれぞれの陣営の兵士達で、庶民が負傷したり殺戮されることはなかったということだ。
大阪夏の陣は1615年4月26日に始まり、5月8日には、淀殿、秀頼は切腹し、豊臣家が滅びた。アメリカは4月の末までに、あらたに10万人の兵力をイラクに投入するのだという。アメリカとイラクの戦争はいつまで続くのだろうか。
すでにイラクの民間人に数百人の犠牲者が出ているようだ。米英軍にもあわせて49人の死亡が確認されているという。アメリカは人道主義を標榜している。しかし、その行いはとても人道的だとはいえない。「今回の武力行使が人倫の根源に背く」という作家の辺見庸さんの言葉を引用しよう。
<思えば、私たちの内面もまた米英軍に爆撃されているのであり、胸のうちは戦車や軍靴により蹂躙されているのだ>
古代ギリシアの抒情詩人ピンダロスは、「戦争はその体験なき人々には甘美である」と書いている。「最も正しき戦争よりも、最も不正なる平和を取らん」と書いたのは、古代ローマの文人政治家キケロだった。
<今日の一句> 乳与ふ 母とほほえむ 春の宵 裕
母親が赤ん坊を抱いて乳を含ませる平和でほのぼのとした光景を昔はよくみかけた。大学生の頃、帰省の列車の中で私の前に坐っていた若い母親がブラウスの胸をはだけて白い乳房を取り出すのを見たことがある。私の妻も実家では食事中に胸をはだけて乳を与えていた。
福井に帰省すると弟の嫁が、私の前で胸をはだけて乳を与えた。私は目のやり場に困ったが、考えてみれば、これは私を身内と思う安心感がそうさせたのだった。やがて乳を与える彼女も、それを眺める私も、微笑んでいた。
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