橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
文明と文化はコインの表裏のような関係にある。たとえばギリシャの文明と文化を考えると、このことはよくわかる。アルファベットという合理的な文字を発明したギリシャ人は、それから数百年を費やして合理的で民主的な文明と文化を育てあげた。
自由な市場経済や通貨制度、直接民主主義、陪審制、美しい彫刻や壮麗で洗練された建築物、ホメロスやヘシオドスの文学と円形劇場、プラトンの哲学やピタゴラス、ユークリッド数学、オリンピックに象徴される鍛錬された精神美と肉体美を生み出した。
今から二千数百年前、ギリシャのアテネを中心にして発達したのは、どこまでも澄み通った合理性に支えられた文明であり文化である。それは今日振り返ってみても、奇跡としかいいようのない美しさと真実さでそこに光り輝いている。政治、経済、文化のいずれの分野においても、ギリシャ時代の文明と文化は今なお私たちの賛嘆とあこがれの対象である。
ギリシャを滅ぼしたローマは文明という点ではアテネを凌駕する規模と実力をそなえていた。それはローマ時代に作られた道路や建築物を見れば分かる。シラクサのようなギリシャの植民都市には、ギリシャ時代の遺跡に並んで、ローマ時代の遺構が残っているが、規模においても、その壮麗さにおいても、後世の物の方がすぐれている場合が少なくない。
たとえば古代ローマのシンボルになっている円形劇場もギリシャの真似だが、現在ローマの観光名所になっているものはA.D.1世紀にウェスパシアヌス帝により建設された。近くにネロの巨像(コロッスス)が建っていたために「コロッセウム」と呼ばれたという。
5万人を収容し、競技場には血の色を目立たせるために白い砂がまかれていた。現在でも使われている「アリーナ」(多目的屋内施設)という言葉は、ラテン語の「HARENA」(砂)から来ているそうだ。そしていつかギリシャ時代の円形劇場もコロセウムと呼ぶようになったが、同じ円形劇場(コロセウム)であっても、そこで行われていた娯楽の内容は天と地ほど違っていた。
ギリシャの円形劇場では聖歌隊が神々を賛美する歌をうたい、ホメロスの詩が吟じられ、ユーモアと知性にあふれたさまざまな文芸作品が演じられた。アリストパネース作の哲学者をからかうような戯曲「雲」が上演されたときには、ソクラテスが観客席からヤジを飛ばしたりしたかも知れない。そこは聖なる空間であると同時に、すぐれて人間的な笑いと喜びを共有する市民の憩いの場であった。
ローマ時代のコロセウムでは、まったく別のことが行われていた。まず入り口に点された篝火を仔細に見ると、それは奴隷の体を燃やしてできる人体松明である。そのあかりをくぐり、内部にはいると、そこは白い砂の撒かれた闘技場で、そこでは人間とライオンや人間同士の殺し合いが演じられていた。そして血に飢えた群衆の熱狂と狂気があった。
ローマ時代のコロセウムにはこうした悪夢が封印されている。コロキウムの近くからは夥しい人骨や野獣の骨が発掘されているが、こうした考古学的な遺物がその残酷さを証している。ローマはギリシャの明るい文明を受け継ぎながら、その明るく人間的な文化を受け継ぐことはなかった。ここに合理的で計算高い文明と非合理で野蛮な文化の深刻なミスマッチを見ることができる。
我が国の場合も、明治の文明開化によってこのミスマッチが生じた。「和魂洋才」という言葉があるが、西洋的な合理主義の文明と、天皇制を基軸とする非合理的で非民主的な文化は本来由来を別にしている。こうした矛盾がやがて無謀な侵略戦争に日本を走らせることになった。
文明と文化のミスマッチは現代においても深刻である。そのことをいやが上にも思い知らされたのが、進行中のアメリカとイラクの戦争である。今や世界がひとつのコロセウムとなっている。そしてそこでは、ローマ人も驚くような血なまぐさい惨劇が、何十億という観衆を前に、超近代的な通信技術と科学ハイテク兵器を用いて、無慈悲に徹底的に演じられている。
<今日の一句> ハンケチを 畳む少女に 花明かり 裕
|