橋本裕の日記
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2003年03月24日(月) 結婚まで

44.晴れのち曇り

 敦賀へ行く列車の車窓に身を寄せながら、私はいつになく幸福だった。私は持参したデデキントの「数について」という岩波文庫を膝の上にひろげて、そこにちらつく日差しを何やらなつかしい思いで眺めていた。

<直線Lの中にはどんな有理数にも対応しないような無限に多くの点が存在する。すなわち点Aが有理数aに対応するということは、長さOAが作図にあたって用いた一定不変の長さの単位と通約可能だということである。いいかえれば第三の長さ、いわゆる公約量が存在して、OAと単位の長さはこれの整数倍になっているということである>

<すでに古代ギリシャ人は与えられた長さの単位と通約不能な長さがあることを知っていたし、証明もした。たとえば辺の長さが単位に等しい正方形のの対角線などはそれである。もしこのような長さをOから出発して直線上にとれば、その終点はどのような有理数とも対応しない>

<そのうえ後に示すように、長さの単位と通約不能なこのような長さが無限に多くあることは容易に証明されるから、直線Lは点なる固体において、有理数の領域Rが数なる固体におけるよりも無限にずっと豊富であると断定することができる……>

 特急「しらさぎ」に乗るのは3月に福井に帰省していらい初めてだった。それからわずか4月あまりのうちに、私は就職して高校の教員になり、アパートに引っ越して新しい生活をはじめ、和江以外の女性の肌のぬくもりを知った。そして今又、新しい女性に出会おうとしている。そしてその女性の前では、和江も町子も貴子もはかなくかすんで見えた。

 二十六歳の中学校教師・河田総子は写真で見る限り、私がこれまで会ったどの女性より聡明そうで美しかった。もし実物の彼女がその写真に劣らず美しかったら、そして聡明であったら、そのときは私も重大な決心をしてもよいと思った。ギリシャの哲学者のように樽の中で暮らすのはいかにも退嬰的で、人生に消極的な生き方のように思えた。

 米原を過ぎて北陸本線に入ると、車窓から見える景色が違って見えた。空に雲が広がり、日差しがみるまに翳った。夏の北陸は雨が多い。名古屋が快晴でも敦賀や福井が晴れているとは限らない。手ぶらで傘を持たずに出てきたが、少し軽率だったかも知れない。日差しがなくなると、冷房の利いた車内が少し肌寒く感じられてきた。

 やがて、車窓に斜めに雨粒が流れはじめた。しかし列車が敦賀についたとき、雨は上がっていた。私は駅前でタクシーを拾った。母から告げられていた港湾会館の名前を言い、腕時計をのぞき込んだ。約束の12時まで1時間以上も間があった。今にも降り出しそうな空を眺めながら、いつかまた少し陰鬱な気持ちになっていた。タクシーの中で、二三度、くしゃみをした。

<今日の一句> みどりごの 笑ふがごとし 春の風  裕


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