橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
| 2003年03月18日(火) |
「仮面の告白」を読む |
北さんに三島由紀夫の「仮面の告白」を読むことを薦めたところ、丁寧に読んでくれて、その感想を「雑記帳」に二回にわたって書いてくれた。北さんによると、「仮面の告白」は、ほとんど正確に2分されている構成の作品だという。
<園子という「私」の恋愛対象の女性が登場する後半が、213頁の新潮文庫本で106頁からなのだ。前半が<原理編>あるいは<総論>、後半が<応用編>あるいは<各論>とでも言えるような几帳面な構成であった。
前半はつまらなかった。「私」という主人公の倒錯的な性の嗜好と戦争の時代を反映する「死」への願望といった性向の特異性が縷々記述されていた。しかし後半は無類の面白さだった。
「私」と園子が出会ってから、手紙のやりとりをし、接吻し、別れ、再び出会って会話を交わし、衝撃的とも言えるラストのダンスホールの場面に至るまで、2人がからむ描写はまさにパチパチと火花が散っているような鮮やかさで描かれていた。
・・・主人公が園子と園子と出会った時、彼女は「光の揺れるようなしなやかな身ぶりで・・」「朝の訪れのようなもの」を私に感じさせたと書かれている。「生まれてこのかた私は女性にこれほど心を動かす美しさをおぼえたことがなかった」と記される園子は、明らかに今まで出会った女とは違っていたのだ。さらに重要だと思うところを引用しておこう。
「・・・私の直観が園子の中にだけは別のものを認めさせるのだった。それは私が園子に値しないという深いつつましい感情であり、それでいて卑屈な劣等感ではないのだった。一瞬ごとに近づいてくる園子を見ていたとき、居たたまれない悲しみに私は襲われた。かつてない感情だった。私の存在の根底が押しゆるがされるような悲しみである。今まで私は子供らしい好奇心と偽りの肉感との人工的な合金の感情をもってしか女を見たことがなかった。最初の一瞥からこれほど深い・説明のつかない・しかも決して私の仮装の一部ではない悲しみに心を揺さぶられたことはなかった。悔恨だと私に意識された。」 主人公「私」の心理は、これ以後、この調子のかなり難解な表現で記述されていくのである>(北さんの3/16の雑記帳より引用)
私が「仮面の告白」を読んだのはたしか、高校3年生の夏だった。北さんが引用してくれたあたりまで読んだとき、あまりにありがたくて、とめどなく涙があふれてきた覚えがある。こんなに切ないほどの感動はその後の三島作品ではあまり味わえなかった。「美しい星」でちょっぴり味わえたくらいだ。
三島の中には闇と光が交錯している。そしてこの交錯の美しい結晶が「仮面の告白」だ。この作品の中には、この両方の力が拮抗していて、これまでの日本文学が達しえなかった高みにまで上り詰めている。文字通り金字塔と言ってよいかと思う。
しかし、こうした奇跡は再び三島にも訪れなかった。その後、三島は闇の力に大きく支配され、ふたたびあの朝日のようなすがすがしい光明に全身をゆだねることはなかった。
その予兆はすでに「仮面の告白」の最後の部分の禍々しさとなって現れている。そこに三島自身の暗い運命を感じないわけにはいかない。すでにこのとき三島は「死」の世界に足を踏み入れ、その世界に屈服していたというのが私の解釈である。つまり、「仮面の告白」は救済されそこなった魂の物語として読むとき、異様な熱気と迫力を帯びてくる。
さらにもう少し敷衍すれば、朝の訪れのような園子の光明は、やがて金閣寺の豪奢な伝統的な美へ、そして究極的には「天皇制」へと変容していく。私はそうした三島にはつきあいきれないのだが、園子を失った代償として、そうしたものに救いを求めるしかなかったのだろう。
ところで、私が「仮面の告白」の主人公に親近感を覚えたのは、高校時代、私が神経を病んだことがあったからだ。そのとき、一切の感動や色彩感を失うという体験をした。この体験からいうと、三島の同性愛でさえとてもうらやましく思えたものだ。私は女性はもちろん、男性に対してもまたそのほかのすべての事柄に対しても「欲望」を失った。完全にインポテンツだった。
同じ体験を大学時代にも経験したが、万葉集に出会ったことがきっかけになって、「生還」できた。だから、三島が「女性」に肉感をもてないことで感じた絶望は他人事ではなく実感できた。これは私にとってひとつの根源的な人生体験だった。
その内容については自伝「少年時代」「青年時代」や「人間を守るもの」のなかに詳しく書いたとおりである。いずれにせよ、二十代の前半に「万葉集」というあたたかい光りに巡り合うことの出来た私はほんとうに幸いであった。
(参考サイト)「北さんの雑記帳」http://www.ctk.ne.jp/~kita2000/zakkicho.htm
<今日の一句> 口づけの あとは春日を 見てゐたり 裕
|