橋本裕の日記
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2003年03月17日(月) 結婚まで

43.爽やかな朝
 翌朝、私は朝風呂を使った。丁寧に頭を洗って髭を剃った。それから、背広に着替えて喫茶店に出かけた。すでに働きに出ていた貴子は私と顔を合わせると、明るく微笑んだ。
「お出かけですか?」
「ええ、ちょっと」
 まさかこれからお見合いですとも言えずに、私は口ごもった。

 モーニングのトーストを食べながら、私はいつものように無心ではいられなかった。それは昨夜、貴子の湯上がりの裸体を見たせいかもしれなかった。私は衣服の下に、彼女の豊かな胸やくびれた腰を思い浮かべた。ほんのりと紅が差した尻の丸みをスカートの下に想像すると、私の若い血が騒いだ。

 そして、ベッドで眠っている貴子からこっそり奪った接吻のことを思い出した。どうしてもっと積極的に進まなかったのだろう。無防備に眠っていた貴子から、もっと多くのものを奪うことができたのに、私はそれをしなかった。それはいずれ貴子を手に入れることが出来ると思ったからだろうか。貴子と深い関係になることを恐れる気持からだろうか。

 たしかに貴子の唇に触れたとき、私はときめきと同時にある恐れを感じていた。それはたぶん貴子が二人目の和江になりはしないかということだった。それは私自身が淫乱の地獄に堕ちていくことへの恐れだと言ってもよかった。

 貴子の中にも私を淫乱な野獣にする血が流れていないとは限らない。私が恐れていたのは、その沼の中で自分自身の正体を見失う事だったのだろう。私の中で先に進もうとする勇敢な自分と、後ずさりしようとする臆病な自分が分裂していた。そのアンビバレンツのなかで、恐れとときめきが同居していたのかもしれない。

 しかし、今目の前の貴子は明るく爽やかだった。喫茶店の中に響く貴子の声を聴きながら、私は貴子に対して一線を越えることのできなかった自分の怯懦を笑った。しかしそれは後悔の自嘲ではなく、もっと明るい、人間的な笑いだった。そのことに気づいて、私は心が清々しくなった。私は感謝の気持ちをこめて彼女を眺めた。彼女の笑顔が朝日のようにまぶしかった。

<今日の一句> ひと休み ふた休みして 春の山  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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