橋本裕の日記
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| 2003年03月16日(日) |
イラク武装解除のシナリオ |
もう十年ほど前になるが、ある商業高校に勤務していた頃、3年生の担任が終わって肩の荷を降ろした矢先に、突然校長室に呼び出されて、「来年度は3年生の学年主任をやってもらう」と言い渡されたことがあった。
「それは困ります」と抵抗すると、「これは職務命令ですから、従ってください」と校長も譲らない。そんな押し問答の最中に、教頭が「ちょっと、別室までお願いします」と猫なで声をかけてきた。
「それでは、どうでしょう。もう一年3年生の担任をやってもらえませんか。学年主任の件は私から校長に取り下げていただくようにお願いしますから」 学年主任を逃れることが出来そうだということで、私はこの提案をありがたく受け容れた。
あとで同僚にこの話をすると、「校長と教頭の連係プレーにやられたね」と笑われた。なるほど、そういうからくりだったのかと納得した。おかげで人があまり持ちたがらなかった3年生の担任を2年続きで引きうける事になったわけだ。翌年、私は転勤希望をだして、この学校におさらばした。
こんな昔のことを思い出したのは、現下の国際状況に似ているように思ったからだ。アメリカがイラクに拳をふりあげている。この軍事的圧力のもとに、国連の査察団が派遣され武装解除が進行している。ドイツやフランスがこれを後押ししているわけだ。
今のところなかなかうまく事が進んでいる。今にも軍事力を行使しかねない勢いを見せるアメリカをドイツとフランス、ロシアなどがなだめるかたちで、イラクに譲歩を迫る構図はなかなかのものだ。任務分担ができている。したたかで見事な戦略だといえる。
もちろんこういうシナリオならば、アメリカの軍事侵攻は起こらないだろう。世界の人々ははらはらしているが、それもイラクに見破られないために世界の人々まで欺く戦術と考えられないわけではない。最終的にはイラクが武装解除され、イラクは国連の管理下に置かれることが考えられる。パウエルやシラク大統領あたりなら、このくらいの芝居は打てるのではないか。
もっとも、こういうシナリオは少し楽天的過ぎるのかもしれない。ブッシュはもう少し単純な愚物で、本気で軍事侵攻を考えているのかもしれないからだ。最近の報道を見ていると、こうした悲観的なシナリオの方がほんとうらしく思えてくる。そうすると世界は大変なことになる。恐ろしいことである。
小泉首相は「その時になってみないと分からない」「その場の雰囲気だ」などと言っているが、これは一国の総理の発言としては情けない。もうすこし世界に通用する見識を示してほしいものだ。そこで、私が小泉首相ならどうするかを書いてみよう。
結論から言えば、イラクを武装解除してアメリカ軍が名誉ある撤退が出来るような演出をフランスやドイツに持ちかけることである。アメリカの軍事的圧力のもとにイラクが完全武装解除することが前提だが、そのときアメリカにはその主役としての最大の名誉と実質的なメリットを与える必要がある。
現在はこれとは反対に、アメリカが悪役でフランスとドイツがいちばんおいしい善玉の役回りを棚ぼた式に得ている。アメリカは何千億ドルという巨額の費用を使って軍隊を派遣しているわけで、フランスやドイツに口先だけでおいしい思いをさせるわけにはいかない。世界の人々はアメリカに兵を引けというが、それなりの見返りがなければアメリカは決して兵を引かないだろう。
問題はイラクの武装解除だけではない。解除後のイラクや世界のありかたについて、アメリカを納得させるだけの合意を作る必要がある。そうしたことを双方に呼びかけ、両陣営の架け橋となることが日本に求めれているのではないか。私が小泉首相ならそうした見通しや、落としどころを考えて、ブッシュやシラクを説得するだろう。もし失敗しても、その努力は国際社会で大きく評価されるはずだ。最後に作家の池澤夏樹さんの訳した日本国憲法9条を紹介しておく。
<この世界ぜんたいに正義と秩序をもとにした平和がもたらされることを心から願って、われわれ日本人は、国には戦争をする権利があるという考えを永遠に否定する。国の間の争いを武力による脅しや武力攻撃によって解決することは認めない。 この決意を実現するために、陸軍や海軍、空軍、その他の戦力を持つことはぜったいにしない。国家というものには戦う権利はない>
<今日の一句> 春の駅 そこから歩く ひなの道 裕
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