橋本裕の日記
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2003年03月02日(日) 少女の膝

 ときたま娘の友だちの少女が家に遊びに来た。娘が幼い頃は夜間勤務の私は昼間は家にいたので、娘たちが一緒に遊んでいるのが自然に目に入った。絵を描いたり、歌をうたったりして遊んでいるのを見て、ほのぼのとした気持になった。

 美少女というほどではなかったが、長女より一つ上の少女で、気立てのよい少女が近所にいて、その少女が遊びに来ると、私は用もないのに書斎から居間に出ていって、彼女たちのようすを飽きずに眺めたものだ。

 室生犀星の「杏っ子」に印象的な場面が描かれている。20数年前に読んだときから鮮明に覚えている部分なので引用してみよう。ここに登場する平之介は杏子の弟で、りさ子というのがときどき平四郎(犀星)の家に遊びにきた近所の十三歳の少女である。

<りさ子は平之介とならび、もう自分の坐る場所もきめていた。平四郎は大きな食卓とは別に、自分一人分の食卓に対かうのがつねであるが、大きい食卓とは四尺くらいの距離のある、縁近くの障子際で食べていた。そこから、食卓の下が見え、りさ子のちいさい膝頭が前の方に泳ぐように進み、ときどき坐り方を直してスカートに気づいては、下ろすように手をやっていた。

 りさ子はちゃんと平四郎の方から、膝頭が見えることを知っているらしい、自然にそうやるとは思えない。平四郎はそのたびに何気なく眼に入れていた膝頭を、何気なく見ることが出来なくなっていた。まだ十三歳くらいで心にそんな構えがあることが、怖かった。

 しかもりさ子自身の注意力が却って平四郎に、手厳しく応えて来るのである。りさ子が坐り方を直さなかったら、そのまま平四郎は特別な眼づかいをしなくともよいのが、りさ子が気にするたびに、刺激されてくるものがあった。これも怖いものであった。

 この美しい少女は特別に長い睫毛を持ち、上睫毛が下りて来てふわりととじられる運動が、たいへん美しかった。上睫毛が下りてくると、眼がほとんどただの、黒いかたまりになった、それはかぶと虫のようである。だから、平四郎はりさ子のことをかぶと虫と呼んでいた。

 ただそんな平四郎の注意力が、りさ子にとうに解っているらしく、ちょっと平四郎の方を見ていても、直ぐ外してしまい、瞳はすばやく逃げて、杏子と平之介の話にまぎれこんでいた。そのたくまない巧さは、自分の美しいことを知っていて、平四郎がその美しいことに気づいていることを、さとっているものらしい>

 十三歳といえば中学生だろうか。今時の中学生は援助交際までしているそうだから、このくらいでは驚かないが、戦前のこの時代のこの年頃の少女としてはませていた方だろう。短いスカートから零れた少女の白い膝に目をやったとたん、何食わぬ顔で、そのくせ充分こちらを意識してスカートを直された経験は私にもあるが、犀星にこう巧く書かれると、何かエロティシズムの神髄に触れたような高雅なときめきを覚える。

<今日の一句> 少女らの 足のやさしさ 春の風  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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