橋本裕の日記
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2003年02月28日(金) 娘のはだか

 娘が幼い頃、彼女たちをお風呂に入れるのは私の役目だった。これはそのころ私が夜間定時制高校に勤務していて、夕方近くまで家にいたからだ。だから長女も次女も赤ん坊の時から私がお風呂に入れている。

 さすが小学校の2,3年生頃になると二人とも入らなくなった。その頃から私が昼間の高校に勤務するようになったこともあるが、それ以上に、娘たちのほうに父親に自分の裸を見られることへの心理的抵抗が芽生えてきたせいではないだろうか。つまり女としてのアイデンティティなるものが芽生えてきたわけだ。

 たしかに、風呂に入ればいやでも娘の体のつくりに目がいく。娘と言っても一応は女なので、父親だって男の目になって、ときにはそっと愛撫するような一瞥を娘の秘所のあたりに投げたりするわけだ。「杏っ子」には犀星が娘を風呂に入れたという記述はないが、風呂上がりの娘の無邪気な様子を写した文章があるので、それを引用してみよう。

<お湯にはいれば、すぐ着物をきる前に、一応ふざけて飛び廻ることは毎日のことであった。これは成長というもののこまかい喜びであったのだろう。そのたびに平四郎は杏子のはだかを見ていた。

 乳房もお臍も、手も足もあった。けれども性器というものは見えない。それは平ったい鳥の子餅のようなものであって、それだけのものが股の間にぺちゃんこに食っ付いているにすぎないが、それだけに大へん美しい感じものであった。裸を見るとなんとなく其処を見てしまう>

 私は鳥の子餅と言うものを知らないが、なんとなくイメージがうかぶ。そして、成長した自分の娘達に、「鳥の子餅って知っているか」と訊いてみたくなる。いや、そんな馬鹿な質問たり、愚かな文章を書いて、これ以上父親の権威を失墜させるのはやめにしよう。

(今日は私の高校の卒業式です。そのあと、3年生の学年を担当した先生達とホテルで打ち上げをします。ホテルに一泊して、3年間の憂さ晴らしをするつもりなので、明日の日記の更新は夕方近くになると思います)

<今日の一句> 乙女らも 我も鼻水 花粉症  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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