橋本裕の日記
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2003年02月26日(水) 一日一日はいづみ

 私の好きな歌人に上田三四二(みよじ)がいる。彼が代表歌を一つ選ぶとすると、やはりこの歌だろうか。

  死はそこに抗ひがたく立つゆゑに生きてゐる一日一日はいづみ

 ここで一日は「ひとひ」と読む。1975年に出された「湧井」という句集の中にある歌である。上田三四二(1923〜1989)は歌人、小説家、エッセイスト、文学研究者、文芸評論家,医師と、さまざまな顔を持っている。その活動は多彩だが、そこに貫いているものは一つだ。それは何かと言えば、死の淵に立つ生への「畏敬と愛惜」である。この歌のなかにもそれは清冽に響いている。私が暗唱している歌をもう一首引いておこう。「雉」の中の一首である。

  あたらしきよろこびのごと光さし根方あかるし冬の林は

 最近「死に臨む態度」(春秋社)という上田さんの随筆集を手にした。そのなかに「水鉢」という掌篇がある。文章の一部を引いておこう。「短歌」1973年2月号に掲載された文章だという。

<育ててみて、睡蓮が、こんなにも動物的なものとは、思ってもみないことであった。それはあっというまに茎をのばし、葉を広げ、葉はたちまちに水面を覆い、覆ったかと思うとすぐにも腐ってゆき、腐りかけた葉の上には、もう一夜のうちに、新しい深緑の葉がぬれぬれと水面に広がっているのである。買うとき、煮干しの使ったのを、泥の中につきさすように教えられたが、それを実行しながら成長をみていると、いかにもこれは植物のなかの肉食ーー肉食植物とでもいいたいような猛々しさのあるのが感じられた。

 花は去年三つ、ことしは四つ咲いた。水面ちかくで、頸を持ち上げて咲く準備をしていると思ううち、一夜を経てもう咲いていた。カッティングのするどい硝子の器を思わせる冴えた感じに、いくつあるのであろうか、象牙色の花弁が正確無比に抱きあって、その湛える洞に蜜のような芯が黄金の色に輝りながらふかぶかと詰まっている。気品があり、精気に満ちている。午後になると早々と花を閉じるのもいい。三日ほど咲いて、花はまた水中に没した。

 近ごろの、変な隈どりの化粧をまだしらぬごく若い娘の、息をのむよほどの美しい眼に出会うことがある。瞳、瞼、まつげの集合の具合が、繊細で、冷たく、精巧そのものの感じでありながら、そこに精気があつまって、潤いを放射している。そういう瞳は、睡蓮の花に似ていると思う。娘はみずからのうちの沼を、まだ知らないだけだ>

 上田さんがこれを書いたのは50歳の頃だ。そうすると私より一つ二つ若い頃の文章である。上田さんは二十代の後半結核で入院し、四十代の半ばには結腸癌の手術をうけている。さらに六十代の初めに前立腺の手術を受け、これが再発して65歳の生涯を終えた。そうした過酷な闘病の合間に、これだけ美しく精気のある文章や短歌が書かれた。偉業という他はない。最後に、「湧井」からもう何首か引いておこう。

  たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻の十年(ととせ)老いたり
  用なくて歩むはたのし雲のごときかの遠山もけふ晴れわたる
  ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
  たまものの三日の旅をかへりきて庭に藤浪の房にふる雨

<今日の一句> 山茶花の ひとひら散りて 樹はしづか  裕   


橋本裕 |MAILHomePage

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