橋本裕の日記
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2003年02月16日(日) 雨の日の出来事

 T高校生の一日は、正面玄関で自転車を降り、ヘルメットを脱いで、校舎に立てられた国旗に敬礼するところから始まる。私たち教員も同様で、駐車場から歩いてくると白線が引いてあって、そこで立ち止まって、やはり国旗に敬礼する。T高校は「礼」に厳しい学校で、グランドに入るときも、体育館に入るときも、必ず礼をすることになっていた。これは教員も同じだった。学校は「道場だ」というのが、校長の口癖だった。

 これとは別に、グランドに国旗・県旗・校旗の3旗が掲揚してある。これは各クラスの日直と日直の教員の手で毎朝掲揚し、帰りには降される。旗の上げ下ろしの際は、グランドで部活動をしている生徒達は、一斉に活動を停止し、直立不動のままこれを見守り、最敬礼する。毎朝毎晩繰り返されるこの光景は、なかなかの壮観である。「今時の高校生が感心なことだ」と、近所の人が涙を流していたということだ。

 雨の日は旗の掲揚はしなくていい。ところが途中から雨が上がると、急遽日直の生徒達を集めて旗を掲揚しなければならない。日直の先生にその指示を出すのは指導部の私の仕事だったが、私が忘れても日直の先生が自分で判断してやってくれていた。しかしたまには、日直の先生も私も雨が上がったのに気付かないときがある。校長がこれに気付いて、「旗が揚がっていない」と職員室に注意しに来たことがあった。だから雨があがって、喜んでばかりもいられなかった。

 T高校は5期制で5回通知票を書かなければならない。そしてその度に、保護者面談がある。これを担任は授業の空き時間に行うので、休憩がほとんどとれない。そのうえ、毎月のように定期考査や実力考査があるので、答案の採点もしなければならない。三河の山の中にあった前任校ののどかさとはまるで違って、息を抜く暇もないほどの厳しい環境だった。その日も放課後採点をしていると、いつか外はすごい雨になっていた。雷まで鳴っている。

 朝は晴れていたので、グランドに旗が揚がっている。この土砂降りの中、旗を降ろすのは大変だなと思った。旗を降ろすのは5時半と決まっていたが、生徒を使うのは危険なので私と日直の先生で降ろしてしまおうと考えていると、指導室から私に電話が入った。すぐに来てくれという。

 指導室に私のクラスの男子生徒が3人、雁首をそろえて正座させられていた。下校しようとしたらすごい雨になったので、3人で相談してタクシーを呼んだというのだ。正面玄関に横付けされたタクシーに乗り込もうとしたところで、通りがかりの教員に「ちょっと待て」と止めれて、指導部に連行されたようだった。

 私が黙っていると、「3人の反省状況がよくないんです。いったいどうなっているんですか。先生からも注意してやってください」と指導部の若い教員が私を睨んだ。こう言われては私も肩身が狭い。私も生徒達の隣りに正座して坐らせられているようなものだった。「とくにこいつがいかん。反省文もかかない」と、N君は頭をこづかれている。

 私も黙っている訳にはいかず、
「どうしてタクシーなんか呼んだんだ」
「タクシーを呼んではいけないという校則があるのですか」
「そんなことは常識だろう。高校生がタクシーを玄関に呼びつけるなんて、聞いたことがないぞ」
「傘もないのにこの雨の中帰ったりしたら制服が濡れます。制服をクリーニングに出したらいくらかかりますか。僕たちは家がお互いに近いのです。相乗りだったら安くてすみます。どうしていけないのですか。先生はこの雨の中を雷に打たれて帰れというのですか」
 生徒の話は筋が通っていた。

 N君が反省文を書くまであとの二人も正座させるということだった。N君はふくれ面をしていたが、最後には「わかったよ、言うとおりに何でも書くよ」と折れた。これ以上仲間に迷惑はかけられないと判断したのだろう。

 その夜、私は自宅でN君の母親から抗議の電話を受けた。「先生方は間違っていますよ。もっと子供の心を分かってやってください。私たちは共稼ぎで、他の親御さんのように学校に迎えに行けないのです」と、最後は母親も涙声になっていた。
「タクシーを呼ぶにしても、私に許可をとって欲しかったと思います」
「許可を取れば許してもらえたのですか。指導部の先生はそう言わなかったようですよ」
 私は言葉に詰まった。

 世間では常識に思われることが、この学校では通用しない。そういう学校なのだ。しかしそんな本音を漏らすことはできず、
(今日のことは本当にすまなく思っています)
 と、心の中で謝るしかなかった。その無言の謝罪が通じたように、「まあ、先生に言っても仕方がないことですけどね」と母親は矛をおさめてくれた。 
 
<今日の一句> せせらぎに 風もさわやか 春の川   裕 

 昨日、お昼を食べた後、妻と二人で木曽川を散策した。河原に降りて、せせらぎの音を聴いていると、こころが和んでさわやかになった。


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