橋本裕の日記
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2003年02月10日(月) 結婚まで

38.お見合い前夜
 喫茶店を出たとき、小雨になっていた。その数軒先にスポーツ店があり、私は四月にその店でテニスのラケットやウエアを買っていた。その店の隣が写真屋だった。

 出てきた若い女に、「写真を撮って下さい」と言った。
「証明用に使われるのですか」
「もっと個人的なものです」
「お見合いとか?」
「まあ、そうです」
 私は少し赤くなったが、女は無表情なままうなづいた。
 しばらくして、男が出てきた。スタジオの椅子に坐らされて、何度かフラッシュを浴びた。

 写真屋を出てから私は西春駅に歩いた。そこから電車に乗り、名古屋へ行った。地下街の書店で本を二冊買った。夭折した天才数学者ガロアに関する本と、岩波文庫の「デデキントの切断」だった。お見合いの相手が大学院で数学を専攻していたから、こちらも多少は数学の知識を仕入れて、話題の足しにしようと思った。地下街で昼食を食べた後、また電車に乗って帰ってきた。

 夕食をすまし、風呂に入ってくつろいでいると、電話が鳴った。福井の母からだった。
「お見合い写真、明日にでも送るよ」
「そのことだけど、送らなくていいそうよ」
「なんだ、とりやめか」
「そうじゃなくて、あした敦賀に来て欲しいんだって。今晩にでも先方の娘さんから電話があるかもしれないけど、一応場所と時間を言っておくわね」
 私はあわてて母の告げるお見合いの場所と時間を書き留めた。

 母の話では、そこは敦賀の港に近い結婚式場のある会館で、むかし小浜に住んでいた頃、父の同僚が結婚することになり、一家で行ったことがあるのだという。そのころ小学生だった私にも、それらしい記憶があった。
(お見合いの後、結婚式なんてことはないだろうな。相手は常識外れの風変わりな女性だというから、何が起こるかわからないぞ)
 受話器を置いて、見合い写真の彼女の瞳や唇を眺めていると、再び電話がなった。

「こんばんは」
 若い女の声に、私は相手の女性だと思った。それで、少し緊張しながら、
「橋本です。よろしくお願いします」
 見合い写真を手に取ったまま、頭を下げた。
「あのう、私、貴子ですけど……」
 喫茶店の娘だと気付いて苦笑した。

 貴子の電話は、喫茶店の余り物のケーキがあるので、一緒に食べようということだった。自動車学校のパンフレットも渡したいという。私が迷っていると、
「誕生日なの。淋しいから」
 彼女の声が少し甘く、切なげに聞こえた。

 私は戸棚の引き出しの奥から避妊具の箱を取りだした。貴子の体を奪うつもりはなかったが、二人きりになると何がおこるか分からない。用心のためにポケットに入れた。その箱が歩く度に私の太ももを刺激して、私の中でもやもやとした生理反応が起こりはじめていた。

<今日の一句> 金色に 立ちて輝く 枯れすすき  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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