橋本裕の日記
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フイリピンのマニラに、スモーキー・マウンテンという、日本の「夢の島」のような都会のゴミがあつまってできた場所がある。ゴミから発生するガスに自然に火がついて、いつも煙を出して燃えているので、この名前が付いたらしい。
最近までそこに何千人という人々が住んでいた。彼らはそこでプラスチックを拾って、それを廃品回収会社に売って生計をたてていた。会社が彼らからプラスチックを買い取るのは、その会社がプラスチックをリサイクルして、別の製品にする最先端技術を持っているからだ。ある意味では、この最先端技術が、この不思議なスラムを生み出したのだともいえよう。
マニラには近代的な高層ビルが建っている。しかし、一方ではこうしたスラムが存在している。そしてスラムに住んでいる人の多くが、実は高層ビルで掃除夫とか小間使いや金持ちのメイドをしたりして働いている。つまり高層ビルとスラムは不可分の存在として経済システムの中に組み込まれている。
<経済発展とは「スラムの世界」を「高層ビルの世界」へと少しずつ変身させる過程だというのは錯覚であって、ごまかしです。経済発展の過程によって、昔あったさまざまな社会が「高層ビルとスラムの世界」になってきたのが、二十世紀の歴史的事実なのです>(ダグラス・ラミス、前掲書)
もちろん、文明のメインストリートは高層ビルである。私たちはこれを見て、「すごいな」と思う。そしてその裏側に広がるスラムにはあまり目を向けようとしない。しかし、この両者はコインの裏と表のように一体化して、それぞれ「近代化」してきたわけだ。もちろん為政者はこれをなるべく隠そうとする。マニラのスモーキー・マウンテンにすむ住民も最近強制移住させられた。日本のテレビに紹介されて有名になりすぎたせいらしい。
「貧困の近代化」(イヴァン・イリッチ)はアメリカでも同じである。アメリカのニューヨークには高層ビルが建ち並んでいる。ところがこのニューヨークで毎日のように何十人もの人々が拳銃で殺されている。アメリカ全土では毎年1万人もの人が銃殺され、刑務所には180万人もの囚人がひしめいている。これもまた貧困の近代化と言えないだろうか。同じことは日本でも起こっている。毎年3万人以上の日本人が自ら命を絶っているが、考えてみればこれも異常なことである。
「豊かさと貧困」は磁石の両極のように分かちがたく結びついている。しかし、このことはあまり知られていない。その理由は二つある。一つは貧困が近代化されて見えにくなっているということだ。たとえば、日本の場合、見せかけの繁栄の背後に貧困がひそんでいて、「過労死」や「自殺」などという現象としてあらわれてきたりする。
もう一つは、豊かさと貧困を同時に関連させて眺めることができにくくなっていることがある。たとえばニューヨークの摩天楼とアフガニスタンの飢饉は遙か遠くはなれていて、ニューヨークに住んでいる人にはその相互関係はわからない。アフガニスタンの貧困はあくまでアフガニスタン人の問題で、アメリカ人には関係がないように映る。
しかし必ずしもそうとは言い切れない。むしろ遠く離れていても豊かさと貧困は相互に関連している。そして、「貧富の格差こそ経済発展の原動力」(ダグラス・ラミス)という近代的経済システムあり方のなかに、この時代の非人間的で暴力的な性格が潜んでいる。そしてまた、「貧困の近代化」があるところ、「豊かさの近代化」も同時進行していると見なければならない。
<人間が共有できるような、一緒に、ともに生きるような豊かさがあると思います。この世界経済システムのなかの豊かさ(リッチ)、経済発展によっていつか追いつくと考えられているような状態、ハリウッド映画に描かれているアメリカの金持ちの生活とかヨーロッパや日本の豊かな生活のイメージは、そういう豊かさではありません。それは相対的な豊かさ、どこかに低賃金労働者のいる、お金が欲しい人間がたくさんいるという前提にたった豊かさであって、みんなが、世界中の人たちがそろって金持ちになるわけにはいかないのです>(ダグラス・ラミス、前掲書)
タノイ族にとってゆたかさは、自然と文化の多様性であり、労働から解放されたゆったりした時間のなかで、人と人、人と自然とがゆたかに触れ合うことであった。そうした親和的でゆとりのある共生関係が失われるにつれ、豊かさの質や定義が変わってきた。
「豊かさの物差し」そのものが、いつに間にか近代化し、われわれ現代人はいつかそのように近代化された頭でしか「豊かさ」を考えられなくなっている。そしてあくせくと豊かさを追い求めて、その実、「豊かさ」を失っている。現代においては、豊かさとは、すなわち「貧困そのもののもう一つの姿」だといえないだろうか。
<今日の一句> 襟巻きを 外す少女の 赤き頬 裕
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