橋本裕の日記
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2003年02月03日(月) 結婚まで

37.雨の喫茶店

 和江はこなかった。そして、夜半から雨になった。翌朝になっても降り続けた。私は近所の喫茶店に出かけた。雨のせいで予定していたテニスの部活動はなくなった。喫茶店も空いていて、ゆったりできた。
「学校はもう、夏休みですか」
 モーニングを運んできたウエイトレスの娘が声をかけてきた。

 彼女は同じアパートに住んでいる女子大生だった。
「雨のせいで、なくなりました」
「たしか、テニス部でしょう」
「そうです。どうして?」
「テニスの雑誌を読んでみえたでしょう」
 笑うと可愛い八重歯が覗いた。

 私は数日前、アパートの前で彼女と顔をあわせて立ち話をした。その時の会話から、彼女は半年ほど前から喫茶店でアルバイトをしているのだということがわかった。私も三河の高校で数学の教師をしていることを打ち明けた。

 彼女は自分が一階の一番はしに住んでいること、最近下着をとられたりして、少し物騒なので、二階が空いたらそちらに移るつもりだと早口で言った。アパートに住んでいるほとんどの女学生はパートナーを持っていたが、彼女にはいないようだった。

 喫茶店で働いて、そのお金で自動車を買うつもりらしい。それから彼氏を見つけるのだという。理想が高いのでなかなか見つからないかもしれないと言う。
「できたら、背が高くて、足の長い人がいいな。それからうんとお金持ち」
 そのいずれの条件にも合わない私は苦笑した。彼女は私も自動車学校へ通うつもりだと聞くと、
「それならこんどパンフレットを持っていきます。二階の橋本さんですね」
 私は自分の名前を言われて驚いた。

 おそらく彼女は二階に上がって、私の部屋の名札をみたのだろう。このアパートの住人で男性は私一人だけだから、すぐにわかる。彼女がなぜ私にそうした個人的な興味を持ち、立ち入った話までするのかわからなかった。しかし、そんな彼女に私は親しみを持った。名前を訊くと貴子だと言った。そのときはそれだけの会話で別れた。

 コーヒーを飲み、トーストを食べながら、私の視線は時々カウンターの貴子の方に流れた。彼女はカウンターに片手をついて雑誌を読んでいた。私は彼女の横顔を眺めながら、昨日母から送られてきた見合い写真の女性のことを思い浮かべた。写真の女性に気持が動いていた。さっそく今日にでも見合い写真を撮って、先方に送ってやろうと思った。

 そんなことを考え、ぼんやりとカウンターの方を見ていると、いきなり貴子がこちらを見た。視線が合うと、貴子は表情を和らげて八重歯を見せた。
「お水、どうですか」
「お願いします」
 私はいそいで視線を窓の外に向けた。

<今日の一句> うららかな 日差をあびて 寒雀  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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