橋本裕の日記
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2003年02月02日(日) 交戦権と政府による死

昨日の日記で、国家には「警察権」「裁判権」「交戦権」が与えられているということを書いた。ところが「交戦権」を憲法で認めていない特殊な国が2つだけある。それは日本とコスタリカだ。

 日本の場合は戦争に負けて、もう再び戦争の惨禍を繰り返さないという決意から、憲法の前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と理念を述べ、第九条ではっきりと戦争の放棄を宣言した。

<日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない>(第九条)

 現実に日本は自衛隊という世界有数の軍隊を持っている。これは「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」という憲法に明らかに違反している。しかし、与党自民党ばかりではなく、野党からもこれを追求する声が聞かれなくなった。国民の大半も「自衛のための戦力」は必要だし、そのためには憲法違反もしかたがないと思っているのだろう。

 ところで、第一次大戦後、自衛のための戦争以外の戦争、すなわち「侵略戦争」は国際法で禁じられている。戦前の日本もこの条約を批准していた。したがって、先の15年戦争も名目は「自衛のための戦争」だということになっている。中国大陸や南方に「進出」したのも、真珠湾を攻撃したのも、すべては「大日本帝国の生存」のための自衛手段だということになっている。

 つまり日本は「自衛のため」と言いながら、他国へ軍隊を派遣していた。さらに最近では「集団的自衛権」という考え方がある。つまり同盟国を助けることも又「自衛」なのだ。こういう理屈がまかりとおると、もう軍隊派遣に歯止めが利かなくなる。

 そうい言えば、ブッシュ大統領も「イラクを叩くのはテロから世界を守るためだ」と言っている。世界に平和をもたらすために他国に何十万という陸海空軍を派遣するのだと言う。その口上は「アジアを列強の植民地支配から解放するため」という理想を掲げた軍国日本と変わらない。

 ところで、ここに一つの統計がある。ハワイ大学のランメルという学者の書いた「政府による死」という本の中に書いてある数字で、20世紀の100年間で、どのくらいの人命が政府の手によって失われたかという統計である。

 ランメルによれば、20世紀の百年間で国家によって殺された人間は、約2億人(203,319,000人)だという。ダグラス・ラミスは「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのか」とう本の中で「20世紀はホッブスの理論の大実験というふうに考えられる」と書いている。リバイアサン国家の犯罪性についてはもうはっきり結論が出ているわけだ。

<二十世紀ほど暴力によって殺された人間の数が多かった百年間は、人類の歴史にはありません。これは先例のない、まったくの新記録です。そして誰がもっとも多く人を殺しているかというと。個人ではないし、マフィアでもやくざでもない。国家です>

 ところでランメルの統計によると、2億人の犠牲者の大半(1億3千万)は何と他国の軍隊によってではなく、自国の軍隊や政府によって殺されているという。つまり、軍隊が自国民を守るためにあるというのは実のところ事実ではない。例えば中南米では、軍部がクーデターを起こし独裁政権をつくるということが繰り返されている。

 そこでコスタリカは軍隊をつくらないことにしたのだという。コスタリカは日本のように戦争に負けたからではなく、「政府の国民に対する暴力を制限するために平和憲法を作った」のだそうだ。コスタリカのような平和憲法をもつ国が一つでも二つでも増えれば、21世紀の地球は明るくなる。日本もまたコスタリカとともに、この理想を世界へと広げていく運動の先頭に立ってみてはどうだろうか。

<今日の一句> さびしさも ほのかに白し 冬障子  裕


橋本裕 |MAILHomePage

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