橋本裕の日記
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36.見合い写真 西春の駅の改札口を出ると、私は辺りを見回した。そこに和江が待ち伏せしているような気がしたからだ。しかし、改札口の前にも、駅前の本屋の前にも彼女の姿はなかった。
途中、スパーで買い物をして帰ってきた。久しぶりに米を炊ぎ、野菜を洗って料理をした。少し多めに作ったのは、和江が現れた場合を考えたからだった。和江が来ることを恐れながら、一方ではどこかで期待していていた。
食事を終えて、後片づけしていると、玄関のチャイムが鳴った。マジックアイから覗くと、宅急便だった。小包は福井の母からで、中には羽二重餅の箱の他に、封筒と写真が入っていた。写真はお見合い写真で、目鼻立ちの整ったドレスの女が、椅子に腰を下ろしてこちらをみていた。母の手紙を読みながら、一週間ほど前に、母からお見合いを奨める電話があったのを思い出した。
「おげんきですか。電話でお話ししたように、河田総子さんの履歴書と一緒にお見合い写真を送りします。あなたも写真を撮って、履歴書と一緒に、なるべく早く先方に送って上げて下さい。履歴書の用紙を同封しておきました」
相手は26歳で、敦賀の中学校の先生らしい。去年まで名古屋大学の大学院で数学を研究していたのだという。同じ大学院の理学部にいたわけで、おそらく大学の構内で顔を合わせていたかもしれない。しかし、写真の顔には見覚えがなかった。
写真で見た感じではなかなかの美人だった。履歴書の文字も整っていた。趣味の欄には「数学」とだけ書いてあった。よほど数学が好きなのだろうか。それにしても、ちょっと変わっている。
「実家のある敦賀に戻って、地元の中学校の先生になったけど、できればもう一度名古屋に戻って数学の研究を続けたいらしいのよ。それに大学院を出ているから、なかなか学歴で釣り合う相手がいないらしいの。あなたなら、まあいいかと思って」
話によると、母の茶飲み友だちの紹介だそうだが、紹介してくれた人も、彼女のことを「風変わり」な娘だと言っていたらしい。風変わりな者同志、案外うまく行くかも知れないということで、母も乗り気になったようだ。
私は彼女の写真をもういちど、念入りに眺めた。写真で見る限り、それほど風変わりだという印象はない。大きな二重瞼の目は聡明そうで、ふっくらした唇は肉感的だった。肩に垂れた長い髪は見事だった。やさしいカーブを描いた肩や胸のふくらみが私の気持ちをそそった。
<一日一句> 書を読めば ひときわ白し 冬障子 裕
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