橋本裕の日記
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2003年01月25日(土) 人生を「発見」した男の物語

 ラッセ・ハルストレム監督の映画「シッピング・ニューズ」をみた。少年時代を描いた「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」、そして青年時代を描いた「サイダーハウス・ルール」、そして「ショコラ」と、この監督の映画を3作見たが、どれも社会の片隅に生きる人々の姿を温かく、生き生きと描いている。

 「シッピング・ニューズ」も心に残る映画である。主人公の中年男クオイル(ケヴィン・スペイシー)はニューヨークの新聞社でインク係りをしているが、まるで個性も面白みもない駄目男で、表情も精彩がなく、痴呆に近い。ほんとうに冴えない男なんだな、これが。

 この男、父親から虐待された悲しい思い出がある。それから、女運も最悪で、女房はしょっちゅう浮気ばかり。挙げ句の果てに、家出をして、若い男と逃走中に事故で死んでしまう。手元に残されたのは、少しひねた娘のバニーだけ。都会の生活に疲れた男はバニーを連れて、ご先祖様の住んでいたニューファンドランド島にやってくる。そして何か訳ありげな伯母と一緒に、ご先祖様が住んでいたという古い館に棲みつく。

 この家、陰鬱な北の海を見下ろす高台の上にポツンと立っていて、なんだか呪いでもかかっていそうな不気味な家だ。この家を建てた彼のご先祖はバイキングの末裔で、あまりいいことはしておらず、隣の島から追放されてここにやってきたようだ。そのとき、この家を凍りついた海面を綱で引いて運んできたという。ちょっと現実離れしているが、その幻想的なシーンが太鼓の響く独特な音楽を背景に何度か出てくる。

 それにしても、この男の何とも平凡で魅力のないこと。まあ、善人なんだが、単に勇気がないだけという感じ。仕方がないか、生い立ちが生い立ちだもの。両親に棄てられ、女にも逃げられ、一人娘にも馬鹿にされて、生活にも人生にも疲れ果てた全然取り柄のない中年男。この覇気のないクズ男をケヴィン・スペイシーがうまく演じていた。

 島の小さな新聞社に行って、インク係りの職がないか訊くと、風変わりな社長が記者が一人足りないので物書きとしてならやとってやると言う。文章なんか書いたこともない男は、すぐにあきらめてしまう。ところが娘に「そうだよね、お父さんにできるわけがないよね。お母さんも何にもできないくずだと言っていたもの」と軽蔑されて、少しだけ表情を変える。そして、ほかに仕事がないので、やむなく引き受ける。

 書くのはこの小さな港町で起きる下らなくてセコイ話ばかり。殺人事件や犯罪があれば、あることないこと針小棒大に誇張してかく。まあ、二束三文のつまらないゴシップ記事だ。それが「シッピング・ニューズ」なわけだ。ところが、これを契機に、男の人生が少しずつ変わっていく。

 ゴシップ記事やコラムを書きながら、男はその小さな島で生きている人々のさまざまな人生を知り、いろいろな人々と関わり合うことになる。この頃から、痴呆状態だった彼の魂に少し変化の兆しが現れる。表情がどんどんよくなっていく。眼差しに聡明さと、静かな情熱が宿りはじめる。

 つまりは世の中や自分が見えてきたんだ。辛いのは自分ばかりではない。みんな悲しい思いを耐えている。喧嘩をしたり、騙しあったりしながら、時には人殺しまでしながら、もそれでも、人間は支え合ってしか生きていけない弱い存在だということ。そしてその弱さこそ、強さであるという逆説。それがつまり、この人生っていうわけのわからないものの正体かも知れないな。

 そうした中で、娘の通う託児所で未亡人ウェイビ(ジュリアン・ムーア)に出会う。彼女はまだ幼い一人の男の子を育てながら、逆風の中で背筋をしっかりのばして生きている。やがて同じような境遇にある二人の子供と、二人の大人の間に友情が芽生える。ウェイビの温かい批評によって、彼の文章も次第に精彩を帯びてくる。そして時には編集長と衝突しても、自分の主張を貫こうとする。もはや彼は昔の彼ではない。人生を発見した人間の自信とやさしさがにじみでている。さすが名優ケヴィン・スペイシーだ。

 最後、島は暴風雨に襲われ、古い館は崩壊し、木っ端微塵に吹き飛ばされてしまう。最後のこの結末、なんともさわやかだった。家が吹き飛んで、過去の亡霊もいなくなった。家なんて、仮のものだったんだな。

 そして男はもっと大切なものを発見した。それは世界はもっと広く深く未知の魅力に満ちているということ。そしてどんな人間も、その気になればこの自由な人生を味わい楽しむことができるということだ。というわけで、これという派手さはないが、しみじみと人生を感じさせる味わいの深い映画だった。

 ちなみに原作はピューリツァ賞や全米図書賞を受賞したE・アニー・ブルーのベストセラー小説である。ニューファンドランド島はカナダの北東部にあり、文化的には北欧の影響を受け、その昔はバイキングの勢力範囲だった。タイタニックが沈没したのはこの島の500キロほど沖合いらしい。

<今日の一句> 水仙や 少年の日の さわやかさ  裕


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