橋本裕の日記
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田中角栄が初当選した昭和22年の総選挙で、角栄を応援する角帽かぶった学生達の姿が人目をひいた。彼らは早稲田大学雄弁会の学生達だった。
「国破れて山河あり。われわれはこの難局を家族あい寄って生きぬかねばならない。民族は家族によってかたちづくられ、民族の象徴は天皇制である。社会主義革命を説くとは何事だ」
どうして早稲田大学の学生が角栄の選挙を応援するために新潟までやってきたかというと、彼らは角栄に恩義を感じていたからだという。戦後、早稲田大学の校舎は老朽化し、あるいは戦争中に焼夷弾で焼かれたりなどして、雨漏りで授業ができないほどだった。大学は業者に修理を依頼するが、どの業者もろくな仕事をしようとしない。
何しろインフレがすごいので、資財の値上がりを待っていたほうが儲かった。そんなとき角栄の会社が契約通りの価格で仕事を請け負ってくれた。こうしたことがあったので、早稲田の学生は田中角栄に恩義を感じていた。また、彼という人物を信用したのである。こうして早稲田大学雄弁会と田中角栄のつきあいが始まった。
角栄が政界で頭角を現しはじめると、早稲田大学雄弁会からも有力な政治家が輩出することになった。竹下登、小渕恵三、海部俊樹、森善郎、渡部恒三、三塚博、青木幹雄、深谷隆司、玉沢徳一郎、額賀福志郎、山本有二、柳本卓司、松永光など総理大臣、閣僚経験者をふくむ40以上の国会議員を出している。特に小渕恵三首相の内閣では、雄弁会が日本の政治をハイジャックした感さえあった。
同じく早稲田大学出身の田原総一郎は「日本の政治」(講談社)の中で、「田中政治は角栄が首相に就任して以来、30年も、この国を完全に仕切り、生き続けているわけだ。あらためて、田中派出身の主な実力者たちを並べると、二階堂進、竹下登、金丸信、梶山静六、小沢一朗、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和、橋本龍太郎、小渕恵三、野中公務、青木幹雄、綿貫民輔など、興味深いことに旧帝大卒、官僚経験者は一人もいない。田中角栄は、文字通り旧帝大卒が牛耳っていた田中以前の政治構造を叩きつぶしたことがわかる」と述べている。参考までに、竹下登以下、歴代の首相を上げておこう。
竹下 登 早大 宇野 宗佑 神戸商大 海部 俊樹 早大 宮沢 喜一 東大 細川 護 上智大 羽田 孜 成城大 村山 富市 明大 橋本龍太郎 慶大 小渕 恵三 早大 森 喜朗 早大 小泉純一郎 慶大 <今日の一句> しづかなる 大木はよし 寒き日も 裕
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