橋本裕の日記
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2003年01月21日(火) 「ごくせん」名言集

 学園ものの連続テレビドラマ「ごくせん」の主人公は、任侠集団の跡取り娘・山口久美子(仲間由紀恵)。彼女が教師として悪名高き白金学院高に着任し、筋金入りのワルばかりが集まった3年D組の担当を任される。見所はハイライトで聞かせる「ごくせん」通称ヤンクミのキメ台詞。いくつか拾ってみました。

「おめえら不良の風上にもおけねえ奴だ。先公を馬鹿にするのも上等、喧嘩するのも上等。けどな、卑怯なまねはするんじゃないよ。正々堂々胸張って不良やりやがれっていうんだ」

「お前の母親がいままでお前のことから逃げたことがあったかよ」

「お前にはピンチの時、一生懸命かけまわってくれる仲間がいるんだぞ。そいつらにもっと弱味をみせてもいいんじゃないか。みんなお前につきあう覚悟できてんだからよ」

「お前、あの娘を守るために戦ったんだよな。それが本当の喧嘩ってものだ。男だったらな、何か守らなければならないもののために戦わなければならないときが必ず来る。そのときに腹を据えてどこまでやれるかで、てめえらの価値がきまるんだ。ケンカの基本は素手でのタイマン勝負。薄汚い暴力と一緒にするな。ケンカは何かを守りたいという熱い心でするもんだ」

「痛いだろう。素手で殴れば痛いに決まっているんだ。痛むのは手だけじゃないだろう。いろんな重さがずしりと来ただろう。生身の人間を殴るというのはそういうことだ。そんな当たり前のことも分からないで、下らないおもちゃ振り回しているんじゃないよ」

「ほれた女に裏切られたからって、あんなことして楽しいか?お前がほれたっつーのはその程度かよ!」

「誰かが手を貸してくれるの待っているんじゃないよ。そんなんじゃな、おまえは弱虫のままなんだよ。・・・一人で起き上がれないのか。逃げてばっかのやつに、手を貸してくれるほど世の中は甘くないんだよ」

「嫌なことがあったとき、逃げたくなるのはみんな同じなんだよ。でもそこで逃げたらおしまいなんじゃないのか。いやな目にあったって、自分の力で立ち上がっていくってことが、生きていくってことなんじゃないのか。・・・忘れるなよ。今みたいに自分で起きあがって、立ち向かって行けばいいんだよ」

「ばかやろう。ふざけたこと言うんじゃないよ。何がつまらないだ。学校というところは遊びに来るところじゃないんだ。勉強するところなんだよ。テストでいい点をとるために勉強するんじゃないんだ。苦しいことや嫌なことから逃げないために勉強するんだよ。
 人というのはな、一人で生きていけない。だから仲間と一緒に生きていくことを勉強するんだよ。学校というのはな、そういうことを勉強するためにあるんだよ。だからちゃんと通って、きっちり卒業するんだよ。
 いいか、お前ら、よくきけよ。お前らは勉強はできないかもしれない。優等生じゃないかもしれない。けど、けど、人間として一番大事なものをちゃんと持っている。ここにな。だから、自信持って正々堂々と胸張って生きてけよ」

「まだまだ未熟な奴らなんです。だから失敗もするし、間違ったこともするんです。だけど、ただそれだけで、不良のレッテルを貼って切り捨てないで下さい。こいつら人よりもちょっと失敗が多いだけなんです。それも個性なんです」

「ごくせん」ヤンクミ先生の決めゼリフに対して、教育カウンセラーの富田富士哉さんがこう書いています。

「今の子供たちは学校や家庭のすべての場面で、当たり障りのない人間関係になっているんですね。親子関係にしても生まれた時から、親が髪を振り乱して自分と向き合ってくれたという実感がない。だから、そんな子供たちはこのドラマを憧れから、親の世代は昔はこんな人間関係があったなあ、という懐かしさからみているとおもいますね。
 そして“親が稼いだ銭をなげるんじゃねえ”みたいに、親の気持ちを代弁してくれるようなセリフもあって、親として嬉しくなるシーンがあり、また子供たちは捨て身で生徒と向き合うヤンクミ先生にかっこよさを感じる。その両面がうまく作られているのが特徴ですね」

 最後に、ドラマの中の生徒の言葉。

「あいつは、俺達に色んな事を教えてくれたんだよ。大人なんか・・センコーなんか信じらんねーって、ずっと、そう思ってた。けど、ヤンクミはそうじゃねぇーって思わせてくれたんだよ。こいつなら、信じられるかもしんない。こいつなら、心ん中見せてもいいんじゃねーかって」


<今日の一句> 毛糸着て 街を歩けば 日脚伸ぶ  裕


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