橋本裕の日記
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| 2003年01月19日(日) |
日本の今を知るために |
最近の私の日記は、まるで田中角栄に汚染されてしまったようだ。実は書きたいことが角栄の他にもあるのだが、ここは辛抱して、角栄につきあっている。しかし、できればあと数回で終わりにしたいものだ。
何故角栄に拘るのかということだが、それは立花隆さんの「田中角栄がわからないと、日本の政治の今はわからない」という言葉に集約されている。もう少し、立花さんの文章を引いてみよう。
<今の日本の政治に起きていることを本当に理解しようと思ったら、さまざまな意味で、角栄政治、角栄の時代に立ち戻ってみる必要があるということである。そこまで立ち戻ってみないと、小泉改革がなぜ必要になったのかわからないし、小泉改革がなぜうまくいかないのかも分からない>(「田中真紀子研究」立花隆)
この立花さんの本の中に、角栄のスポークスマンであった早坂茂三秘書の書いた「鈍牛にも角がある」の文章が引用されているので、孫引きしておこう。もと新聞社の政治部記者だけあって、角栄型政治の実態がわかりやすく要約されている。
<角栄は戦後政治そのものである。角抜きでは戦後政治は語れない。とりわけ昭和47年7月の政権獲得から同60年2月、脳梗塞で言葉を失うまでの間、田中は日本政治の「主人公」だった。田中内閣に続く三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘の政権までを「三角大福中」と呼ぶ。ところが、その実質は「田中角栄の時代」だったのである>
<悪党・田中の力の源泉は最盛期で143人に達した数の威力である。今一つ、角栄は役人操縦術の家元であった。官僚国家、官僚主義ニッポンは、霞ヶ関のスーパーテクニクラート大集団の協力がなければ立法、行政ともに一センチも進まない。この役人達を田中は自在に動かした>
<持ち駒の主力は大蔵、建設、郵政の三省である。私の親方は田中軍団を一糸乱れず動員して、自分が操縦できる表の政権を作った。国家予算はじめ、政権党のあらゆる政策決定過程に介入し、衆参両議員、大がかりな地方自治体の選挙戦は事実上、自分が取り仕切った。「角影」「直角」「田中曽根」など、田中支配の時代にマスコミが使った形容詞は、歴代政権と田中の関係、距離を端的に表現している>(「鈍牛にも角がある」早坂茂三、光文社)
私は戦後政治を知る上で、もう一つ大切なのは、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」に書かれている「マッカーサーの時代」だと思っている。田中角栄が一段落ついたら、ふたたび、こちらに戻りたいと思う。吉田や岸といった、田中の一つ前の世代の政治家が何を考え、戦後日本についていかなる国づくりを目差していたか、それがどう田中角栄の時代につながっていったか、そのあたりのことも調べてみたいと思っている。
<今日の一句> さわやかに 翼広げて 冬鴎 裕
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