橋本裕の日記
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| 2003年01月11日(土) |
国民が幸せになるシステム |
田中角栄は側近に、「学者は駄目だ。世間知らずだ。それよりも役人だ」と言っていたという。日本の官僚の優秀さを彼は理解していた。そして、日本が役人の力で動いている国だと言うことも知っていた。側近の早坂秘書は「籠に乗る人・担ぐ人」でこう書いている。
<田中は、役人の正、負の特徴を仔細に知り、以後、手足のように彼らを動かした。役人の苦手なアイデアを提供、政策の方向を示し、失敗しても、責任を負わせることはしなかった。心から協力してくれた役人は、定年後の骨まで拾った。入省年次を寸分違わず記憶し、彼らの顔を立て、人事を取り仕切った。角栄についていれば損はない。角栄の経験、才幹と腕力、それに役人の知識、ノウハウがドッキングして、相乗効果を発揮した>
角栄は大蔵大臣時代、盆暮れのボーナスのほかに、自分のサインの入った現金入り封筒を幹部職員に配り、役人はこれを「別封」と呼んでいたという。額は百万単位だったそうだが、もちろんこの金を受け取らないと天下り先も世話をしてもらえない。つまり、骨を拾ってもらえない。
角栄は金を受け取らない人間を自分の敵と見なして決して信用しなかったそうだ。金を受け取った人間は、自分の子分として、天下り先も親身になって世話をする。そして、天下り先を確保するために、特殊法人や公団を次々と作っていく。そのつけが、巨大な財政赤字であり、そして官僚の腐敗となって現在、日本の国を破滅へ導くとしているわけだ。まさに、角栄の恐るべき遺産である。
角栄は役人を手足のように使って、自分の政策を推し進めた。役人も又、活躍の場を与えられて奮起した。しかし、一方で角栄は金権と利権のシステムで役所を汚染し、日本の官僚組織を堕落させ、骨抜きにしてしまった。
役人の骨を拾うのは特殊法人への「天下り」だけではない。実は、もっともおいしい天下り先がある。それが、「国会議員」「首長」だ。これは、「天下り」というより、「天上がり」というべきかもしれない。その結果、国会議員や首長の少なからぬ部分が、官僚OBで占められることになった。
<かって参院は、知性と良識の府だといわれていたのですが、ある時期から、知性と良識とはほとんど無縁の巨大労働組合、巨大宗教、巨大職業団体(医師、薬剤師など)、巨大利益擁護団体(軍恩連、遺族会など)など、巨大団体のオンパレードのようになり、その中でも、国内最大組織である日本国の官僚組織代表がグループとしては最大の議席を持ち、戦前の貴族院に官僚OBがぞろぞろ並んでいたことを彷彿させるような状態になってしまったのも、角栄全盛時代にはじまっているのです>(「田中真紀子研究」立花隆)
建設省、農水省、自治省、運輸省、大蔵省、郵政省、警察庁がいずれも参議院に4人以上の議員を出している。厚生省や防衛庁などの他の省も複数の議員をだしている。田中角栄は自分になびく官僚を各省庁の族議員として、次々と国会に送った。そしてとうとう日本の政治を壟断し、今日の「政・官・業」の癒着した、どうにもならない利権と腐敗の状況をつくりだした。
こうした金権と利権の体質の中で、戦後の日本は発展した。田中角栄の「だれをも幸せにするシステム」は右肩上がりの経済成長を生み出し、米国でさえうらやむような平和で豊かな魔法の世界を作り上げた。しかし、その幻想はいまや崩れ、バブルとなって弾けた。
そして現在日本を破滅の瀬戸際に追いつめている700兆になろうとする巨大な財政赤字が残され、すさまじい勢いで増殖しつつある。その温床となっているのが、角栄の築き上げた金権と利権の社会システムである。これを打破し、金権と利権によらずに、「人々が幸せになるシステム」を築くことが、ほんとうの政治改革である。
<今日の一句> 我がこころ 燃ゆるものあり 寒椿 裕
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