橋本裕の日記
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昨日は文学者・高見順の日記を紹介したが、今日は日本の代表的知識人の一人で、終戦直後に東京大学の総長になった南原繁の場合を紹介しよう。彼はキリスト教者だった。そして、教育者として、彼は戦前「光輝ある日本」の使命を支えよと、将来エリートとなるべき多くの有能な学生を戦場にかり出し、その多くを戦死させていた。
そうした過去を持つ彼が、戦後、民主主義者に変身し、「今次の大戦ほど、戦争の非道と惨状を露呈したのは、いまだかってなかった」(帝国大学新聞)と、戦争批判を先頭に立って先導し、新しい教育の改革者、平和の伝道者として人々の前に姿を現した。
<やがて大陸から、南洋の島々から、われらの「仲間」が還り来るであろう。そして再び講堂を埋めて、祖国再建の理想と情熱に燃えて、学に精進する日も遠くないことであろう。ただそのとき永久に還らぬ幾多俊秀のあることを思うと限りなく寂しい>
<彼等は皆、武人として勇敢に戦いかつ死んだのである。しかし、彼等は武人であると同時に、最後の日まで学徒たるの矜持を棄てはしなかった。彼らは国を興すものは、究極において真理と正義であることを固く信じて疑わなかった筈である。この日にも、はや、彼らの魂はここに帰り来たって我らとともにあり、諸君のこれからの新たな戦いを祝福し、誘導するであろうと思う>
南原がここで学生に語った「戦い」はもちろん「聖戦」ではない。「平和の戦い」である。「真理の戦い」である。彼によれば、軍閥、超国家主義者ら小数者の無知と無謀が日本を不幸な戦争に導いたのだった。そして大学の者たちを含め、人々は正義と真実のためと信じてそれにしたがった。しかし不幸にして、真理と正義は「英米の上に止まった」のだという。
南原によれば、日本が破れたのは、真理の立場からすれば、「祝福すべき勝利」であり、「同胞の血と生命の犠牲」もこの観点から見るべきだという。日本人が今感じている痛恨は「敵手に対するよりもむしろ自己自身に対する悲憤」であり、「我国は有史以来の偉大なる政治的、社会的、精神的変革」を遂げつつあり、「正義と真理」の日本建設はこれから可能であるという。こうした南原の姿勢に対して、ジョン・ダワーは「敗北を抱きしめて」のなかで、次のように述べている。
<南原の転向の基礎にあったのは、彼が語りかけ悼んだ、真実を追究した学徒ともども、日本の指導者たちに欺き導かれたのだ、という確信だった。この点では、南原の感情は国民一般の感情と完全に同調していた。降伏後、「騙された」という受動態の動詞が至るところに見られたからである。戦争中は名うての宣伝屋だった者たちでさえ、このぬめぬめしたことばを自分たちの個人的責任を洗い流す洗剤として使った>
南原は「同胞の貴い犠牲」について語ったが、日本の侵略の犠牲になった途方もない「アジアの人々の悲惨」については何も語らなかった。彼は正義にもとる戦争を非難しながら、それに荷担した兵士や自分たちを「貴い犠牲者」として賞賛し、来るべき「真理」の美名のもとに、死者ともども多くの日本人の心に、再生のためのやすらぎと贖罪の福音を与え続けた。
<今日の一句> さわやかな 木立の森に 冬日さす 裕
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