橋本裕の日記
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2002年12月08日(日) 大切なパソコン

 私がパソコンを買ったのは、平成7年7月のことである。もう7年以上も前のことだ。本体とディスプレー、プリンターとソフトを合わせて、39万円も払った。

 ○本体・・・NECのPC-9821/Xa7・・・・・\268,000
 ○ディスプレイ・・・IIYAMAのMF8515E・・・¥49,800
 ○プリンター・・・キャノンのBJ10vライト・・・69,800
 ○一太郎v6・・・58,000、Visual Basic・・・40,000

 プリンターはBJC-400Jに買い換えたが、他は7年後の現在もそのまま使っている。ちなみにPCのスペックはCPUが75Mhzのペンティアムだ。メモリーは8M、ハードデスクは420Mバイトだったが、現在はそれぞれ40M、8G、OSはwindows3.1から始まり、数年前からwindows98を使っている。

 これで日記や小説を書き、年賀状を印刷し、インターネットをしている。たしかにスピードは遅いが、今のところ特に不便はないので、壊れない限りこれを大切に使いたいと思っている。

 7年間使ってきて、これまでに大きな不都合が一回だけあった。それは4年前の秋のことである。突然画像が崩れて、サイケデリックな奇妙な色彩のものが画面に現れ始めた。それから、一週間ほどの間に、ファイルまで次々と壊れ始め、ついにはシステムが停止してしまった。起動ディスクで修復を試みてもどうにもならない。

 当時私は今の高校に転勤してきて1年生の担任をしていたが、大変なクラスで、学級崩壊寸前だった。くわえて、私は体調を崩し、耳鳴りや不眠症に悩まされ、まさに精神的にも崖っぷちで、ノックアウト寸前の状態だった。そこに、留めを刺すように、PCの不調である。私にはこれは何かとても不吉なことのように思われた。まさに私自身の存在が壊れていく前兆のようにさえ思われた。私は「死の恐怖」をさえ実感した。

 ところが不思議なもので、このとき先日の日記に書いた大学時代からの友人のT君から、突然の電話があった。T君は電子計算機の会社に勤めているPCの専門家である。まさに藁にもすがる思いで窮状を訴えると、すぐに来てくれるという。そして彼はハードディスクを取り替え、ソフトをすべて再インストールしてくれた。黙々と作業を続けるT君を見て、持つべきものは友だちだとしみじみ思ったものだ。

    <A frend in need is a frend in deed.>

 ハードディスクを増設し、メモリも増やして、パソコンはその日から快調に仕事を始めた。おかげで私の不吉な予感はすっかり吹きとび、「何でもやってくるがいい。もう、負けないぞ」という敢闘精神がまた復活した。パソコンの復活は、同時に私自身の蘇生でもあった。

 そしてこのとき私は久しぶりで一つの短編小説を仕上げたのだが、それが後に「象」(1999年夏号)に発表した「吠える」という作品である。当時の私の苦しい心境の一端がこの小説に反映している。

 私がこの旧式のパソコンをいまだに手放せないのは、こうした出来事があって、よけい愛着を持っているからだ。それにしても、私の窮状を見透かしたかのように、まさにその瞬間に救いの電話をかけてきたT君の千里眼に、私は今も畏れのようなものを感じている。

<今日の一句> 今は亡き 友を偲びぬ 寒椿


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