橋本裕の日記
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西春駅から真っ直ぐ伸びた道が国道に出る角に、UFJ銀行があった。もとの東海銀行で、見覚えがあった。それを確かめて、国道に沿って一ブロックほど歩いた。次の信号の角に西之保という標識が出ていた。
交差点の角の「田園」という喫茶店に見覚えがあった。いつもその前を通ってアパートへ帰っていた。私の記憶ではその先に西春中学校があり、その隣の田圃の向こうにアパートがあるはずだった。
角を曲がると、記憶通り中学校があった。しかし、田圃やアパートは見当たらなかった。見覚えのない民家が建ち並び、すこし離れたところに、真新しいアパートが立っていた。
喫茶店に引き返した。入ると店内に客はなく、60歳代と思われるマダムがおしぼりと水を持ってカウンターからでてきた。私はホットコーヒーを注文した。テーブルの面が独特の銅板でできていた。20数年前とそっくり同じ雰囲気である。この窓際の席に私はS子やK子と向かい合って坐ったのだった。そのとき水を運んできたのも、やはりこのマダムだったのだろう。
「この店は20年以上前からありましたね」 「はい。まわりは変わりましたが、ここは昔のままですよ」 「私は近くに住んでいて、この店を利用させていただきました。コーポ橘という名前のアパートが近くにあったのを覚えていますか」 「さあ、どうでしたか」 マダムは首を傾げていた。
マダムがコーヒーと一緒に住宅地図を持ってきてくれた。最近の地図なので、そこにも私の住んでいたアパートはのっていなかった。 「駅前の通りは昔のままですね。左手にレストランがありましたよね」 「レストランですか。そんな店あったかしら」 「20年ほど前には確かにありましたよ」 「リボンという喫茶店ならありましたけど」
マダムは喫茶店という呼び方に拘ったが、どうやら「リボン」という店が私の記憶にある「レストラン」らしかった。コーヒーを飲みながら、私はしばらくマダムと雑談した。30分ほどいたが、その間客の出入りはなく、マダムもひまそうだった。そこを出て、しばらく近所を散策した。
私がお見合い写真を撮った写真館、テニスや卓球のラケットを買ったスポーツ店など、いろいろと記憶をたどり歩いて見たが、いずれも姿を消していた。アパートを斡旋したくれた「西春土地」という不動産屋が少し離れたところに移転して、大きなビルを構えていた。そこで訊ねてみればすべてが分かるのだろうが、生憎日曜日で店がしまっていた。
<今日の一句> 崖ふちの 浜木綿青し 波の音 裕
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