橋本裕の日記
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2002年11月26日(火) レストランの名前

 昔住んでいたところを、何十年かぶりに訪れてみるのは楽しいものだ。先日、ふらりと西春町へ行ってみた。現在執筆中の自伝「結婚まで」の舞台である。ほんとうは書く前に事前調査をしておくべきなのだろうが、不精者の私はいい加減な記憶のままで書いていた。たとえば、こんなふうに書いた。

<アパートは国道63号線沿いの、西之保青野というところにあった。アパートのベランダから、駐車場や田圃の向こうに西春中学校の体育館が見えた。日曜日にはブラスバンドの音が聞こえてきた。

 三階建てのアパートで、私は二階に住んでいたが、私の他はほとんど名古屋芸術大学の女子学生ばかりだった。いってみれば、大学の女子寮のような雰囲気だ。紹介してくれた不動産やさんが、「まあ、学校の先生ならいいか」と言った意味がやっとわかった>

 しかしこうして書いているうちに、だんだん曖昧なところが出てきて、そのうえに懐かしくもなってきた。20年以上前に住んでいた町やアパートが今どうなっているのか、S子やK子と一緒に入った喫茶店やレストランがどうなっているのか、もしまだ残っているのならこの目で眺め、そこでコーヒーでも飲んでみたいと思った。

 私が住んでいたアパートは西春駅から歩いて10分ほどのところの西之保というところにあった。西春中学校のすぐ近くである。先ずは西春駅を起点にして、そのアパートの辺りまで歩いてみることにした。

 西春駅は昔のすっかり様子が違っていた。近代的なビルになっていて、昔の田舎駅の面影はない。しかし、駅前通りはそのまま残っていた。はっきり記憶に残っているのが駅前の「落合書店」である。これは昔と変わらなかった。もっとも日曜日だというのに店が閉じていた。

 本屋の隣りに小さな祠のようなものが祭られている。見覚えがあったので、しばらくその前にたたずんだ。少し行くとスーパーマーケットがあった。改装はされていても、同じような店がそこにあったのを思い出した。私がよく利用したレストランが左手にあるはずだが、それは見当たらない。そのかわりに広い駐車場ができていたりした。

 私はそのレストランの名前が知りたくなって、通行中の年輩の女性を呼び止めて訊いてみたが、「レストランですか、さあね」と首をかしげている。これには少し困った。私はその店でたびたび食事をしており、自伝にもしっかりと書き込んだばかりだった。私の記憶違いということはまず考えられない。とにかく、もう少し歩いてみることにした。

(長くなりそうなので、二回連載にすることにしました。ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」の紹介はその後に連載したいと思います)

<今日の一句> 熊野路の 紅葉抜ければ 海青し  裕


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