橋本裕の日記
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先日の日曜日、名古屋市のアートピアホールへ「楽園終着駅」を観に行ってきた。劇団紙ふうせん五周年記念公演で、名古屋市芸術祭参加作品でもある。老人ホームを舞台にした人生模様がユーモラスにしみじみと演じられていた。パンフレットの紹介文から一部を引用しよう。
「晩春のある日、老人ホームに入所したふみ・・・。周囲は老人ばかりでなんだか奇妙なところに来てしまったという思いに駆られている。ここでは毎日いろいろな悲喜劇が繰り返されている。泥棒騒ぎ、畑荒らし、マダムと紫の恋の鞘当て・・・。様々な人生群像が登場し、次から次に問題は絶えることはない。そんな中、ふみは乱暴者の源蔵に、次第に心を惹かれていく」
ホームに入所している人の経歴は、呉服屋の主人、豆腐屋、役者、学校の先生、画家、土建屋の社長、呉服屋の女将さん、戦争未亡人、バーのマダム、高級官僚だった夫婦など様々だが、みんなそれぞれに戦争を体験し、たくましく戦後を生き抜いてきた人たちである。
そうした人たちが人生の終着駅として老人ポームにやってくる。しかし、彼等は決して人生そのものを引退していない。まだまだ生臭い生身の人間であり、人生の終着駅である老人ホームを舞台に、懲りることなく様々な騒動を繰り広げる。
男をめぐって女同士のとっくみあいがあり、ぼけて食事のことや戦時中のことばかり口にする老人もいる、精神がゆがみ、被害妄想の女、道連れ自殺を思い詰めるその夫、さまざまな人生模様がそこに浮かび上がり、そうした騒動を通して、本音で自分の人生を語り合う中で、次第に困難な人生を生きてきた友情と連帯感が醸し出されていく様子が、軽快な会話に歌や踊りも交えて描かれていた。
途中、老人を引き取りに孫が現れる場面があったが、中国で戦い、シベリヤ抑留体験を持つ老人は、ホームでの別れの場面で自分を出征していく兵士だと思いこみ、直立不動で軍歌を歌ったりする。「戦争体験を語り継ぐ」ということも、この芝居の大切なテーマのように思えた。
ところで、私が定時制高校に勤務していた頃からの友人が、パンフレットの紹介にある「源蔵」という準主役級で出演していて、飲んだくれでホームの憎まれ者というむつかしい老人の役を体当たりで演じていた。彼は若い頃から腎臓を患っていて、その上心臓に欠陥があり、身体障害者でもある。週2回の腎臓透析を受けながら、今も定時制で教え、しかも舞台でも活躍している。私より5歳ほど年上だが、エネルギーの固まりのような人だ。
彼は演劇が好きで、大学の英文科を卒業すると、カナダに渡り、生活資金を稼ぐために、港湾労働者としてバンクーバーの港で人足として働きながら演劇の勉強をした。そのときの無理がたたって、腎臓病を発病したという。日本に帰り、東京の劇団のオーディションを受けたりしたが、結局体のことを考えて俳優の道を断念し、高校の英語教師になった。
彼は絵に描いたような熱血タイプの教師で、高校では演劇部の顧問をやり、指導部の主任をしていたが、10年ほど前に心臓発作で倒れ、死線をさまよったことがある。病院にお見舞いに行くと、もともとキリシタンの彼はベッドで聖書を読んでいた。
「人生の休養になってよいね」と声をかけると、「死んだと思えばこれからの人生はおまけのようなものだからね。一番やりたかったことを好きなだけやることにするよ」と笑った。それから演劇学校に所属して、研鑽を積むこと10年、その精進の結果がよく出ていた。人生に夢があるというのは、何とすばらしいことだろう。
<今日の一句> 赤く燃え 黄色く笑い 枯葉舞う 裕
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