橋本裕の日記
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終戦を告げる玉音放送のあと、「敵は上陸したら女を片端から陵辱するだろう」という噂が野火のように広まった。当時の警察の内部報告書には「強奪強姦などの人心不安の言動をなすものは戦地帰りの人が多いようだ」と書かれている。
この問題に対する政府の対応は早かった。8月18日、全国の警察管区に「慰安施設」を特設するように指示が出されている。この日、東京では警視庁の高官が地元の売春業者と面会して、協力を要請している。
元総理で侯爵の近衛文麻呂は、「日本の娘を守ってくれ」と、警視総監に懇願したという。後の総理大臣の池田勇人はこのとき大蔵省の官僚だったが、資金面の手配に忙しかった。彼は「一億円で純潔が守られるのなら安いものだ」と言ったという。
しかし、プロの女達は、日本政府の要請に消極的だった。アメリカ人は大男なので、性器も巨大だろろから、怪我をしては大変だと及び腰になったらしい。困った政府は、一般女性から募集することにして、銀座に「新日本女性に告ぐ」という巨大な看板を立てた。
看板には「戦後処理の国家的緊急施設の一端として、進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む」と書かれていた。この広告をみてやってきた女性の中には「お国のために自分の体を捧げたい」という女性もいたという。
こうして、東京だけで1360人もの新日本女性が登録を終え、この「大事業」に参加することになった。8月28日にはとりいそぎ皇居広場前で「特殊慰安施設協会」の発足式が行われた。その宣誓の言葉の一部を引用しよう。
「・・・我等は断じて進駐軍に媚びる者に非ず。節を枉げ心を売るものに非ず。やむべからざる儀礼を払い、条約の一端の履行にも貢献し、社会の安寧に寄与し、以て大にして之を言えば国体護持に挺身せむとするに他ならざることを、重ねて直言し、以て声明となす」
この日、さっそく数百名の米兵達が施設の一つに赴いた。そこに集められていたのはいずれも素人の娘たちで、ある女性はその日、23人の米兵の相手をさせられたと回想している。まだベッドも衝立も布団もない衆人環視の中で行為は露骨に行われた。赤裸々な光景を目撃した警察署長はすすり泣いたという。
推計によれば、女性が施設で一日に相手にした米兵は、15人から60人に及んだという。元タイピストの19歳の女性は、仕事を始めるとすぐに自殺した。精神状態がおかしくなったり、逃亡する女性もいたという。
慰安施設の設置を依頼された東京都の防疫課長は与謝野光だった。彼は歌人・与謝野晶子(1878〜1942)の長男である。すでに晶子はこの世の人ではなかったが、女性解放論者であった彼女がこのことを知れば、嘆き悲しんだに違いない。
(参考文献) 「敗北を抱きしめて」(ジョン・ダワー著 岩波書店)
<今日の一句> 月の夜は 猫の背中も あはれなり 裕
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