橋本裕の日記
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2002年11月14日(木) 人生の折々の読書の楽しみ

森鴎外、夏目漱石といえば、日本を代表する知識人であり、作家であり、文豪である。私たちの世代は学校の教科書で必ず彼等の作品に触れていて、なんとなく畏れ多いというイメージが一般的ではないだろうか。実際に個人的に作品を読んでみると、これがまたすごい。圧倒されるのである。

 しかし、よく考えてみると、私がこうした文豪の作品を読み、感動し、圧倒されたのは、おおかた高校時代や大学生の頃だった。つまり、まだ人生経験も未熟で、知識や教養も浅く、当然自分自身の意見や思想も固まっていない青年時代である。自分の父親のような人の作品を読んで、その作品や人物の大きさに圧倒されるのはいたしかたがないことだ。

 そして、私たちはこのイメージをおおかたは棺桶に入るまで持ち続ける。というのも、こうした作品を再読することはもう滅多にないからだ。高校時代に読んだ「高瀬舟」「山椒太夫」などの作品、大学時代に読んだ「舞姫」「青年」など、その細部は忘れても、すばらしい作品だという印象だけは残っている。

 そこで私が薦めたいのは、人生の折々に彼等の作品を再読してみることである。お薦めは作家がその作品を書いた年齢の時の再読である。さらに、それから何年か経って、文豪よりもいくらか人生の歳月を経た後で、もう一度読み返してみることだ。

 若いとき圧倒されるようにして読んだ名作が、同じ年で読んでみると、また違ってくる。鴎外君、君も苦労したんだね。漱石君、君もそうか、という感じで、いくらか親しみが持てるのである。そして更に年齢が加わると、鴎外君、それはちょっとちがうのではないか、という気分になってくる。こうした楽しい発見があるので、歳をとってからの読書の味も、いよいよ捨てがたい。

<今日の一句> 妻のむく 柿はうまし 番茶飲む  裕

 小学生の頃、若狭の田舎で2年ほど暮らした。秋になると民家のあちこちに柿がやザクロなった。それをとって食べたものだ。ときには食べ過ぎて、腹を痛めることもあった。
 柿に限らず、棗や無花果などいろいろな季節の果物が熟すたびに、どこそこのが旨そうだと食べに行った。家の人にいちいち断ったりしなかったが、顔見知りでない家のものは食べなかったし、畑のものには手をださなかった。私たちにもそれなりの節度があった。


橋本裕 |MAILHomePage

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