橋本裕の日記
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| 2002年11月13日(水) |
見えない徴税システム |
景気低迷に伴い、当初見込んでいた46兆8160億円の税収が、2兆円ほど足らなくなくなりそうだという。そこで政府は今年度の補正予算案で、「国債発行30兆円枠」突破を容認する方針を固めた。与党内にはもっと国債を発行して、大型の補正予算案をくむべしという声もあるようだ。しかし税収不足を国債発行で補うのはどうだろうか。
財務省の「所得税の国際比較」によると、日本の一人当たりの所得税は、欧米諸国と比べるてきわめて低いらしい。親子4人で年収7百万円の家庭の所得税、住民税は、日本の11.5万円に対し、アメリカは78.8万円、イギリスは150.7万円、ドイツは101.4万円、フランスが17.6万円ということになる。
このことは必ずしも、私たちの負担が軽いことを意味しない。日本の場合、たとえば医療や年金、教育費ひとつとっても、個人負担はかなり重い。本来なら公共の社会サービスとして享受すべきものが、個人負担になっている。いまだに40人学級を放置する貧弱な文教政策などもこのたぐいだ。
しかし、今はこの問題は置いておこう。もっと大きな問題が、「低率の所得税」の裏側に隠されているからだ。それは、慢性的な税収不足であり、それを埋めるための「公債の野放図な発行」である。
平成14年度の一般会計歳出約81兆円に対して、税収などの歳入が当初見込みの約51兆円に足りない。30兆円を超える不足が国債で賄われることになる。そうすると、平成14年度末の日本の長期債務の残高は、国債と地方債を合わせて693兆円に達すると予測される。
この公債を買うお金はどこから調達するのだろう。それはほとんど国内の金融機関である。都市銀行、地方銀行、信託銀行、生命保険、損害保険、農林中央金庫など、日本の金融機関のほぼ全部、合計2千社近くの機関投資家がこれにかかわっている。こうした国債の引き受けは義務であり、その比率もあらかじめ決められているらしい。
それでは、こうした機関投資家のお金はどこから来るのだろう。いうまでもなく、それは国民の預金や年金の積立金である。つまり、私たちが預けている郵便貯金や毎月支払っている保険の掛け金、給料から天引きされている年金の掛け金、銀行預金が公債の購入資金に化けている。
そうするとどういう結論になるのか。預金や年金の掛け金もまた、「見えない税金」の一種だということだ。こうした税金を私たちは無自覚のまま毎年30兆円もはらい、その合計が700兆円近くになってしまった。
こういう隠れた徴税システムには二つの大きな問題点がある。ひとつは、税金を払っているという痛みがないので、その使い方に鷹揚になるということだ。無駄なダムや道路を造り、天下りの公社の役人に何千万という給料を払っていても何とも思わない。結局「公債」だということで、痛みが薄くなる。これが血税で賄われていたら、厳しい批判にさらされていただろう。納税者に痛みがないので、雪だるま式に国の借金が増えていく。
第二の問題点は、もつと深刻で恐ろしい。国民がこの欺瞞的な仕組みに気付いたらどういうことになるだろう。グローバル化が進むと、私たちは預金や年金を海外の利益率の高い機関投資家に任せることも選択の一つになる。そのとき、何が起こるか火を見るよりも明らかだ。国債の大暴落であり、国の破産だ。
海外の投資家はこのことを指摘するが、この国の政治家も官僚も相手にしない。われわれ国民がそこまで利口でないと思っているか、それともどんな個人的な不利益にも耐えしのぶ超人的な愛国心を持っていると思っているのだろう。しかし、これがまったく期待できないことは、もはやあきらかである。
そこで私の提言である。税金を必要なだけ上げなさい。そして国民に痛みをわからせなさい。そうすれば、本当に必要とするものにのみお金が使われるだろう。その結果一番困るのは政治家や天下り官僚たちだろうが、もはや彼等に甘い汁を吸わしておくだけの余裕はないのである。
<今日の一句> わが畑の 作物多し 鍋の中 裕
妻が農地を借りて、近所の主婦と一緒に家庭菜園を行っている。先日、大根を3本ほどとられたそうだ。隣の畑ではキャベツが被害にあった。畑泥棒には困ったものだ。
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