橋本裕の日記
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2002年11月11日(月) 結婚まで


25.湯上がりのビール
 湯から上がり、時間をかけて体を拭いた。パジャマを着て、私はひと心地ついてから玄関のドアを開けた。ところがS子の姿がなかった。しびれを切らせて、どこかへ散歩にでもでかけたのだろうか。

 思い直して帰ってくれたのならありがたかったが、そんなことは考えれれなかった。私は玄関先のベランダの手すりにもたれて、S子が現れるのを待った。月夜の晩で、なま暖かい風が吹いていた。湯上がりの肌が、さらに汗ばんできそうだった。

 5分ほどして、階段を上ってくるS子の足音が聞こえてきた。S子は私に気付くと立ち止まり、すこし間をおいてから近づいてきた。片手に蒼白く光るものが見えたので、私はどきりとした。
「はい、これ、飲んで」
 差し出しされたものを見ると、缶ビールだった。それを受け取って、S子と一緒に中に入った。

 グラスを二つ用意して、ビールを注いだ。泡が立って、見る間にグラスの外に流れ出した。S子がハンドバッグからティッシュを取り出して、それをふき取った。ビールを飲むと、ほろ苦いものが冷たくしみてきた。S子は一口飲んだ後、残りを私のグラスに注いだ。私はため息をついて、

「今日は疲れたから、何もする気力がないんだ」
「だったら、寝なさい。私はしばらくここにいてから、帰ります」
「そんなくらいなら、来なければいいのに」
 わずかなビールで、もういくらか酔っていた。私は片手にグラスを持ち、頬杖をついて、上目遣いにS子を見た。S子も頬杖をつきながら、

「今日はあなたとお別れするつもりで、会いに来たのよ。でも、レストランで冷たかったでしょう。気持が意固地になってきたの。それでも、本当にこれきりだと思って、駅まで歩いたのよ」
「それがどうして……」
「改札口で別れ際に振り返ったとき、あなたほんとうに嬉しそうだったわ。何だか厄介なお荷物がなくなったみたいに、晴れ晴れとした表情だったわね。電車に揺られながら、思い出したの。そしたら、腹が立ってきたの」
「まだ、怒っているの」
「そうでもないわ」

 目の前のS子はいつになくおだやかだった。おだやかと言えば、私の怒りもおさまっていた。S子が別れるつもりで会いに来たと知って、私はS子にかすかな愛着さえ覚えていた。私はそっと片手を伸ばして、S子の前髪に触れた。S子の瞳はすでに濡れていたが、そこから頬に幾筋もの雫がこぼれた。

<今日の一句> 布団干す 女の近く 柿紅葉  裕


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